都会における体感時間の速さ―東京での一日、極めて健康的な世界―Ⅳ
朝の開店と同時にスタバに飛び込み、好きな席を確保するや、最低でも2,3時間は粘って、雑誌に目を通したり、資料を読んだり、書き物をする私。
夢中になっていると、開店時間の7時から、いつの間にか11時近くなっていることも珍しくありません。
「あのおっさん、たまに続けてくることがあるけど、来たときはやけに粘る奴だなあ・・・」
と、スタバの店員に思われてやしないかと、内心、私の後ろで働いている彼ら彼女らを気にしながら、いつもこの原稿などを書いているのです。
ただ実際は、粘っているという意識など全くなく、ハッと気づいたときは、
「もうこんな時間か。時間の経つのが早いなあ・・」
といったことが普通です。
そうこうしていると、カミさんから電話がかかってくることがあります。
「あなた、まだスタバにいるの? まだ帰らない?」
と、催促に近い内容のことも珍しくありません。
電話で
「お昼にどこどこのパンを買ってきて欲しいんだけど。」
と、明確に指示されることもあれば、こちらから
「なんか買って帰ろうか?」
と、気を遣うこともあります。
とにかく、こんな風に電話がかかってきたときは、スタバを早々に切り上げて、家族と合流するために帰路につきます。
お昼は、私が買って帰ったものを、家族と合流して家で食べることもあれば、一緒に出掛けて外食をすることもあります。
また、用件がある場合は出先でランチミーティングだったり、一人でどこかラーメン屋とか喫茶店のようなところで済ませたりといろいろです。
とにかく、スタバに飛び込むのが朝の7時とかなり早いにもかかわらず、このお昼までの、午前中の時間はあっという間に過ぎていきます。
田舎で仕事をしているときは、時間に関してここまでの体感はありません。
普通、朝寝坊をした日は、一日が短く感じるものです。
ところが、東京での一日は、5時台に早起きしたにもかかわらず、たっぷりあるはずの午前中も、たちまちこんな風に過ぎていくのですから、都会における体感時間というのは、そのスピードが速すぎて恐ろしくなります。
うしろからどう思われているかなあ・・・・
つづく