文庫本しか買えなかったあの時代―文学全集、一家に一セットあると思っていたあの頃―Ⅹ

「少年少女文学全集」から「日本文学全集」、「世界文学全集」へと読み進んだ私は、波長の合った何人かの作家については、個人全集までそろえてその全作品を読破することにチャレンジしたのである。

世界文学の中では、ドイツ文学、とりわけヘルマン・ヘッセには中学時代大きな影響を受けた。

 

中でも「車輪の下」を読んだときは、しばらく頭がボォーッとなるくらい衝撃を受けた。

その頃置かれていた自分の状況に重ね合わせて、作品の世界に強く引き込まれたのである。

 

「世界文学全集」の中に収録されていたヘルマン・ヘッセの作品は1冊に限られていたので、それを読み終えた私は、もっと彼の著作を読みたくなった。

 

とはいえ、中学生の私には、彼の個人全集が刊行されているのかすらよくわからない。

いろいろな作家の個人全集まで買いそろえたのは、ある程度小遣いをもらえるようになった高校から後のことである。

 

中学生の頃から高校くらいまでよく買ったのは、いわゆる「文庫本」であった。

「文庫本」であれば、中学生の小遣いでも何とか手が出せたのである。

 

当時「文庫本」で読むとすれば「新潮文庫」「角川文庫」「岩波文庫」の3社であった。

今では、もっといろいろな出版社から文庫本は刊行されているのだろうが、当時はほぼこの3社に限られていたのではないかと思う。

文学を離れた学術や経済関係のジャンルのものでは、中央公論社の「中公新書」というシリーズのものが、文庫本よりやや大きい新書版で出版されていた。

 

さて、ヘルマン・ヘッセの作品をもっと読みたかった私は、各文庫本出版社から出されている文庫本のカタログみたいな文庫本を手に入れて探しまくった。

今みたいに、インターネットもウィキペディアも全くない時代だから、ヘルマン・ヘッセにどんな著作があるのか、そういった紙媒体から断片的に調べる方法しかなかったのである。

 

ヘルマン・ヘッセについては、のちに「著作集」というものを手に入れることができた。

しかし当時は、とにかく、そうやって手に入れた情報をもとに集められるだけ集めた文庫本を読みふけったのである。

 

彼の場合、一番有名な作品は「車輪の下」であろうが、そのほかにも「デミアン」「春の嵐」「シッダールタ」「ナルチスとゴルトムント」などがある。

今考えてみればめちゃくちゃアナログな世界での話だが、そうやって、知的好奇心を満たしていたのだ。

 

 

 

つづく