俺たちのあの頃―金はないけど冒険心には満ち溢れていたなあ・・・―

先日、ミニ同窓会のようなものに参加した。それも2週続けてである。

先々週の週末と先週の週末、それぞれ違うメンバーでの開催だったのである。

 

特に2週目は、ロケット基地で有名な内之浦に集合して、そこの国民宿舎に泊まり、バスをチャーターして大隅半島を観光して回ろうという企画で、9人の同級生が集まった。

 

その詳細な内容に関してはいずれご報告するとして、ちょっと印象に残った話があったのである。

それは佐多岬を訪れたときのことであった。

 

一緒に歩いていたYとHが、切り立った崖の上から下の海岸を見て、

「おい、確かあの辺だったなあ・・・二人で野宿して、獲った魚やサザエを焚火で焼いて食ったのは。」

と、指さすのである。

 

今だったら、サザエを勝手に獲るのは密漁(昔(50年くらい前)もダメだったかも・・・)だし、海岸で火をたくというのもご法度もいいところだろう。

しかし彼らは、テントもなしに野宿し、そこいらで獲ったものを食料として一夜を過ごしたのだ。

 

同じ頃私も、違う同級生と、夏休みの朝、ラジオ体操に来る女子に会いたくて、それでも、朝早く起きるのは自信がないからと、私の田舎の学校の校庭にゴザを敷いて、周りに蚊取り線香を何本も焚きながら寝たことがある。

とんだ闖入者に不信感を抱いたとみえて、放し飼いになっていた近所の犬にワンワン吠えかけられたのを覚えている。

 

他の同級生は、サイクリング用自転車で、九州中を走り回り、それこそ野宿も焚火もしたらしい。

         佐多岬の思い出を語りながら歩いてくる二人。

つまり何が言いたいかというと、

「なんと俺らの青春はワイルドだったことよ。」

ということなのだ。

とにかく金がなかった我々は、安く済ませるために、あらゆる手を尽くしたのだ。

手を尽くすといっても、できることは限られている。

上記のように身体を張って解決するしか道はなかったのである。

 

ちなみに、佐多岬で密漁兼焚火をした二人は、今では立派なお医者さんだ。

どちらの罪も50年以上経っていれば、もう時効とは思うが。

 

          この中には悪いのもいるのでして…