次から次へと新しくやることはあるはず―義理人情をビジネスに結び付けてきたことのおかしさについて考える―Ⅲ(おしまい)
実際地方においては、人々の仲がそれほどいい訳ではありません。
結構、ときには怨恨や憎悪に近い感情を持ちながら、表面上は義理や人情に篤いかのように振る舞っていることが多いのです。
個人的な感情や価値観は別にして、己のビジネスを揺るぎなく成り立たせるようにするにはどうしたらいいでしょうか。
それは義理人情といった美辞麗句にコーティングされた甘ったれた地縁血縁社会に別れを告げて、次なる新たな市場に乗り出していくほかないのです。
とはいえ、そういった努力を重ねた上でなお、義理人情はともかくとして信義、信頼といった上位の概念は必要なものです。
ビジネスが高度になればなるほど、こういった価値観はむしろ高いレベルで必要とされるでしょう。
ただ大切なのは、こういったものをこれまで述べてきたように、お手軽に手前の都合で勝手に使ってはならない、ということなのです。
それは表層的なものに過ぎません。
私自身は、地縁血縁社会の中で、義理人情をそれほど疎かにしたつもりはありませんが、そんなことにあまりかまっていられないほど、次から次へと新しくやることはあったので、それに没頭してきただけのことです。
また、今考えても、当然、そうすべきだったと思っています。
私は若い経営者にも同様に考えてもらいたいのです。
地縁血縁社会のしがらみ引っ張られて、義理人情などという曖昧な概念に囚われていては、新たなビジネスの発展はありません。
義理人情、信義、信頼といったものは、人間同士の付き合いであれば当たり前の前提です。
ビジネスにおいて、金科玉条のようにことさら切り出すものではありません。
若い経営者は、もっとクールに正面から真っ直ぐにビジネスに向き合ってもらいたいと思います。
おしまい