「働き方改革」というけれど・・・―「和」とパフォーマンス―Ⅱ

日本の場合、企業体質として「生産性を上げる」ということが「個人のパフォーマンスをいかに上げるか」という方向にはあまり進まなかったのではないか。

というのは、組織としての「会社」或いはその中の「部」とか「課」のために、いかにバランスをとって波風立てずに働くか、ということを優先させてきたからである。

 

勤務時間を過ぎても、上司が帰るまでは部下はなかなか帰れない、などというのはその典型である。

さすがにそんな馬鹿な現象は減ってきているというが、いまだに年配の上司が

「最近の若い社員は平気で『お先に』と帰っていく・・・」

などという愚痴を度々言っているところを見ると、全く無くなった訳ではなさそうなのだ。

 

こんな遅れた意識の企業風土自体問題ではあるが、そのさっさと帰る若手社員についても問題がないわけではない。

それは、なにも生産性の高い社員だけが、やるべき仕事をさっさと終わらせて『お先に』と帰っているのではない、ということである。

 

生産性がこれまでと変わらないのに、『お先に』と、時間だけ短くなれば、やがて全体としての生産性が落ちることになる。

個々のパフォーマンスを上げていくという「生産性」に対する取り組みを放置したままで、「日本的な風土」の改革だけが進んでしまったのでは、今よりもっと悪くなることになりかねない。

 

かといって、このまま「日本的な企業風土」を残した方がいい、と言いたい訳ではない。

どういう「働き方改革」が、日本にあっているのか、もっと考えた方がいい、と思っているだけである。

 

 

つづく