父が逝った―亡くなるまでの1週間を振り返って―Ⅳ
私はお医者さんの方をまっすぐ向いて発言した。
「それで結構です。できるだけ苦しまないような処置をしてあげて下さい。」
父は、土曜日の午後そのまま入院となった。
特別室が空いており、その日の夜、母は付き添いで泊まることになった。
ただ、母は泊まる準備など何もしてきていないので、一度家に帰ることにする。
父の様子を見ると幸い静かに休んでいるようだった。父を一人病室のベッドに残し、私達は病院を後にした。
病院と父の自宅は、往復するだけで2時間近くかかる。
母が宿泊の仕度を済ませて再び病院に戻ったのは夕方近くであった。
長い廊下を歩いて父の病室に近づくと、何やら病室の外が騒がしい。
見ると、看護婦さんが3人がかりで父を車いすに乗せて運ぶところであった。
「どうしたんですか?」と聞くと、なんと父がベッドから起き出して廊下まで出たらしく、壁を背にして直接床にペタンと座っていた、というのだ。
ちょっとした騒ぎになったようで「今、ようやく車いすに乗せたところです。」ということだった。
私たちがいなくなった後、目を覚ました父は不安になったのか、ベッドから降りて廊下まで出てしまったらしい。
とはいっても、立って歩ける状態ではないので、這うようにして進んだのであろうか。
「いったいどうしたの?」と聞いても、明確な返事は帰ってこない。
うつろな表情で黙っているだけであった。
つづく