人生、計画通りに行くのか?―ノープランで来ちゃったなあ俺の人生―(後編)

経営計画通りに事業を進められているのか、私の経営する会計事務所。

私の事務所の場合、先述のようにパートナー税理士が数字上の計画は示してくれるので、資金繰りその他、ある程度先が読めるものに関しては計画的である、と言っていいだろう。

 

それでは経営戦略的な事項に関してはどうだったか?

何か、これといった戦略的なものを経営計画に組み込んできたのか?と言われれば、何とも心もとないのだ。

 

振り返ってみると、どう贔屓目に見ても、行き当たりばったり、ノープランでやってきたなあ、としか言えないのである。

逆によくまあここまで来たもんだ、とさえ思う。

 

だから皆さんもノープランで大丈夫ですよ、などと言う気はまるでない。

現に私も先述のように数字上の計画はちゃんと立てているのだ。(「立ててもらって・・」というのが正確な表現ですが。)

 

私自身、戦略的なプランを経営計画に盛り込んで、それを果敢に実践していくといったことはやって来てはいない。

考えたり、試みたりしたことはあったけれど結局、実践には至らなかったのだ。

 

「それでは、俺はどうやってここまで来たのか?」と振り返ってみたら、私なりの考え方、やり方といったものがあったのではないか、ということに思い至ったのである。

まるっきり、行き当たりばったり、というわけではなかった、ということだ。

 

それは私の場合、やはりマーケティングということに起因している。

何事も必ずマーケティング的なアプローチから入るため、いろいろと先を読んで取捨選択し、それを実践に移すというパターンは、昔から変わりはなかった。

 

何か新しい切り口があったら、私の場合、まずそれを自分の中で熟成する。

これは将来に向かって取り組むべきか否か、大きな可能性はあるのかないのか、さらにこれって面白いのかつまらないか、といった切り口で吟味するのだ。

 

吟味の途中で切り捨てたものも少なくない。

なんでもOKというわけではないのだ。

 

社員には,思いついてすぐ話すこともあれば、吟味の途中で伝えることもある。

そして、こいつは面白そうだ、行けそうだと判断した時点で、組織的に取り掛かってみるのである。

 

つまり、じっくりと計画など立てることなどない。

常にトライアル&エラー、試行錯誤なのだ。

試行、検証、再試行、の繰り返しである。

この方が私の性にあっている。

 

まあ考えてみれば、仕事だけじゃなくて、実生活の方でもそうしてやってきた気がする。

昔、カミさんに皮肉交じりに「あなたといると退屈しないわ。」と言われたことがある。

極めて堅実な生き方をしていたカミさんを、私のような人生に引きずり込んだのだから、そんな風に言いたくなるのも無理はない。

 

今のパートナー税理士も同じように思っているのかも知れない。

まあ、今のところうまくいっているのだから付き合ってもらうしかないのだが。

 

将来、私が引退したら、現在と同じような手法で続いていくとは限らない。

というより、違うやり方に変わらざるを得ないだろう。

組織の基盤だけは作っておくから、あとは自分たちで考えてくれ、というのが私の言い分なのだ。

 

常に、時代を見据える、時代に合わせるということだけは心掛けてきた。

そうしなければ生き残れない、というのが私の持論である。

持論というより、古今東西変わらぬ原則であろう。

 

読める範囲で数値計画を立てるというのは、いわばセーフティーネットであり、経営上の必須事項である。

ここに戦略上の予測を盛り込んでいくかどうかは、何とも言えないところだ。

 

私の場合は、特に盛り込んでいない。

ここもきちんと計画に盛り込んで、PDCAを回していくという手法を取る経営者もいることだろう。(私にはちょっとまだるっこい感じがするが・・)

 

私は上記のようにやってきた。

いずれにしても、経営トップが、時代の求めるところを読んで、その先を見据えるというのは、経営上の重要なファクターである。

 

その辺についてはご相談いただければ、多少なりともヒントになるような切り口、考え方などお話できると思いますので、どうぞ遠慮なくお知らせください。

時代の先を見ようぜ。(本文とは特に関係ありません)

 

おしまい