「天命追求型」 の生き方の方が性に合っている―「夢」と「志」について考える―後編

アメリカの「目標達成型」に対して、日本人には「天命追求型」の生き方があるのではないか、という論調に、ワタミの渡辺社長の主張を重ねてみた私。

 

渡辺社長の人格や講演で述べておられることは素晴らしいなあ、と思いつつ、なんだか俺には馴染まないなあ、と迷っていた一つの要因がここにもあったのかも知れない、と思った。

もちろん私が、普段天命を追求するといった高い志を持っているわけではないけれど、少なくともアメリカ型の成功哲学追求タイプでないことはわかっていた。

 

ただ、この中で「日本の歴史、日本人の生き方を改めて振り返ったとき、アメリカ型の成功哲学を実践して幸せになった日本人はいないのではないか」と言い切っておられるのには少し驚かされる。

つまり、この成功哲学で成功した人はいるかも知れないけれど、幸せにはなれていないのではないか、というのは鋭く厳しい指摘である。

 

欧米人のように「成功者(主として経済的な)こそが人生の勝ち組だ」と、単純に受け入れられないのが日本人の本質なのではないだろうか。

だいたいこの「成功者」などという言葉は、昔はあまり使われなかった。

 

頻繁に登場するようになったのは、欧米流の成功哲学が流入されてからのことではないか。

もっと具体的に言えば、ネットワークビジネスの交流現場でよく使われていたような気がする。

 

「目標達成型」の典型的な手法の一つが「PDCA」であろう。

これは目標を達成するための方法論として日本でも広く普及しているようである。

 

私の事務所でも割と早くから研究してお客さんにも勧めている。

しかし、実は自分の事務所でこれをしっかりと実践したことはない。

 

未来に向かっての方向性だけは、常に考えスタッフにも伝え、行動に移してきたので、特にきっちりとした目標管理といったことは実践しなかったが、破綻することもなく今に至っている。

もちろん、目標管理を実践していたならば、もっとすごいこと(成長発展)になったかも、という推論は立たないでもない。

 

ただ、おそらくそうしていたならば、上記言われていたように私はあまりハッピーではなかったかも知れない、とも思う。

ということは、現在はそこそこハッピーということである。

 

さらに、ここで言われている「志」も、私にはないわけではない。

 

会計事務所というのは何代も続くことは少ない、と言われている。

国家資格が必要であり、かつ小規模な個人事業としての仕事が、直系血縁の後継者にそれほど魅力的に映らないことも一つの要因であろう。

 

しかし今、2代目である私の事務所も法人化して別に血縁でなくても承継しやすい形になった。

今の事業体が、時代に合わせてビジネス対応できていければ、地元である程度の雇用を維持しながら地域経済のサポート役として存在感を発揮できることだろう。

 

「天命」というのは大げさすぎる気もするが、今の事業体(会計事務所及びその関連事業)が長く続いていったならば、多少なりとも世のため人のために貢献できるのではないか、と思っているのだ。

どうも私自身は、アメリカ型の成功哲学である「目標達成型」の生き方よりも、日本人が歴史に刻んできた「天命追求型」 の生き方の方が性に合っているような気がしている。

 

さて、こんなことを書いてしまったんだから、この言葉に恥じないように、少しは真面目になって天命を追求するとしよう。

 

以前はこんな感じでセミナーなども開催していました。

もちろん、こういった取り組みは今も大事。