あの男の姿はなかった・・―「ねえ、お兄さん・・」このひとことから始まった或るエピソードーⅣ

あの男はいなかった

さて、羽田の靴磨き店に寄って、後日談まで書くことになった件(くだん)の若者とのやりとりがあってから、今度は少し間があいてしまいました。磨いてもらいたいな、と思いつつ何回か羽田は通過したのですが、フライトの時間が遅かったり(店の営業時間は5時まで)営業日(日曜日休み)ではなかったりして、なかなかチャンスが巡ってこなかったのです。

しかし、9月の初め、たまたま少し早めの時間に羽田を通過することができました。鹿児島に帰る便が夕方ちょっと早い時間だったので、私はまたあの靴磨き店を訪れました。

今回も履いている靴と、鞄に入れてきた靴の2足を磨いてもらうつもりで持参してきていたのです。(変ですかねえ・・)店に立ち寄ると、初めて見る顔の一人の若者が客を待っていました。

店には彼一人で、あの男の姿は見えません。この日は、ほかに客はいませんでした。

私は履いていた靴を脱いで彼に渡すと、スリッパを借りてそれを履き「もう一足あるんだけど。」と鞄の中の靴を取り出しました。彼はそれを受け取りながら、「あのう、前払いで一足1,500円の合わせて3,000円です。」といいます。『あれっ、以前は後払いだったけどな。』と思いつつ、まあ大した話でもないのですぐに払いました。

 

スタッフとの会話

彼は、まず私が履いてきた方の靴をカウンターで磨き始めました。鞄に詰めてきた方の靴は、彼の横に置いてあります。

両方磨き終わるのにはちょっと時間がかかるかな、と思案を巡らしていると、もう一人スッタフの男性が帰ってきました。おそらく休憩中かなんかだったのでしょう。このスッタフもくだんの男とは違う人でした。

二人掛りだと半分の時間で済みます。私が少しホッとしながら見ていると、磨いて居たスッタフが支持を出して、もう一足は、休憩から帰ってきたその男性が、袋から取り出して磨き始めました。店の奥の方に座り、私に背中を見せながら磨いています。

私はいつものように、目の前で磨いているスタッフに話しかけました。

「何回か、日曜日に立ち寄っちゃって、あちゃー、休みだった。で、持ってきた靴をそのまま持って帰ったことがあったよ。」

「ああそうでしたか。日曜休みなもんですみません。」

まあ、普通に返事をしてくれます。

「あなたたちは、靴好きが集まってこの会社を作ったって聞いているけどそうなの?」

「はいそうなんです。社長がそういう人らしくて・・」

彼もそれほどコミュニケーションは得意な方ではなさそうですが、まあ普通に返事をしてくれます。私が頭に来たというあの男とは、こんな会話すら成り立ちませんでした。

「以前、こんな風に話ししていても、あんまりちゃんと返事してくれない人がいて、なんか白けた感じになったことがあったよ。」

と、軽く以前の出来事に触れてみます。

すると彼は

「ああ、話すの苦手な人も結構いるんで・・」

と、まあ至極無難な返事を返してきました。

私も

「そうだよね。ただ、この店を利用し始めた最初の頃、別のスッタフさんとは結構靴の話やなんかで盛り上がったこともあったからさ。」

とだけ話して、あとは適当に無難な話題でお茶を濁しました。

 

すごく丁寧な仕事

そんな話をしながら靴が磨き終わるのを待っていたのですが、この日は、店の奥で2足目を磨いてくれているもう一人のスッタフが、かなり熱心に磨いているようで、なかなか終わりません。目の前の彼も、そのフィニッシュにタイミングを合わせたいのか、やはりいつもよりかなり丁寧に磨いてくれているように見えました。

そうしているうちに、やっと奥のスッタフの分が磨き終わり、ピカピカになった私の靴を持ってこっちにやってきました。やはり、かなり丁寧に磨いてくれていたことがひと目でわかります。私がその靴を受け取って、入れてきた布袋にしまおうとしたら、磨いてくれた彼が

「あっ、私がしまいます。」

と言って、片方ずつ薄くて柔らかな素材でできた靴用の紙袋に入れてから布袋にしまってくれました。

あの不愛想だった男性スタッフとはえらい違いです。

私は

「そんなにしていただくほどのもんじゃないけど、どうもありがとう。」

とお礼を言って店をあとにしたのです。

これが磨いてもらった靴。

もう20年以上履いている相棒ですが、

今回ホントにきれいに仕上がりました。

 

 つづく