「自ら孤独感を覚える」ことと「客観的に孤独な存在である」との間にあるギャップ―経営者は孤独である・・は本当か?―Ⅰ
昔からよく言われている言葉に「経営者は孤独である」或いは「社長というのは結局孤独な存在である」といったものがある。
これは本当なのだろうか?
従業員20人足らずの零細な事業ではあるが、私も経営者のはしくれである。
しかし、この言葉、以前からどうもピンとこなかった。
というのは、私自身がそう思ったことがないからである。
「孤独」というのは、別の言い方をすれば「一人ぼっち」という言い方もできる。
経営者は、はたして「一人ぼっち」なのだろうか。
また「孤独」という表現は「寂しい」というニュアンスを含んでいるのかも知れない。
つまり、「経営者というのは結局寂しい存在なのだ」ということを言いたいのだろうか。
だとすれば、私は「一人ぼっち」とも「経営者だから寂しい」と感じたことがない。
だから、「孤独」という感覚がないのかも知れない。
私は昔から、このよく言われる「経営者は孤独である」という感覚がピンとこなくて、どういうことなのだろう?と考えてきた。
「周りには役員やら社員やらいっぱいいるじゃないか。家に帰ればカミさんもいるし、たまには経営者仲間と話すこともある。いつそんなに孤独感を味わうのだろうか?」
という思いが強かったからである。
考えてみれば、この「孤独感」という言葉がキーワードなのかも知れない。
つまり、「自ら孤独感を覚える」ということと「客観的に孤独な存在である」ということとの間には、明確なギャップがあるのではないだろうか。
実は、「孤独感を感じている」のは当人だけであって、そのことを「経営者は孤独な存在である」と言っているだけかも知れないのだ。
つまり、周りからすれば
「別にこっちは社長のことを、孤独な状態に追い込んでなんかいないじゃん!」
となるのではないだろうか。
ただ一方で、
「まだ俺は、深刻な孤独感を感じるほど、経営者として自分を追い詰めるような場面に遭遇していないから、こんな風にしか思えないのかもなあ・・」
とも考えた。
例えば、もっと大きな企業のトップが、
「会社の行く末を左右するような、重大な案件の最終決断を迫られているとき」
など、そんな風に感じるのかも知れない、とも思ったのである。
俺は孤独なのか?!?
つづく