枚挙にいとまがない―日本語を笑っちゃあおしまいだよ、の教訓―Ⅲ

「腐心」という言葉を使って、同僚たちに笑われ、不快な思いをした。

ところがそれからしばらく経ってからのことである。

取引先であるシンクタンクの我々より少し年配の主任研究員の方が、我々とやりとりしている文章の中で「腐心している・・」といった表現を使われていたのである。

 

その方は、様々な方面に対する見識や、研究テーマなど関して書き起こす筆力については、自他ともに認める実力のある方だった。

そいう背景もあって、そういった表現に文句をつける人など誰もいない。

 

「ほら見てみろ。ちゃんと世間では使われているじゃないか。自分たちが知らなかっただけだろう。」

と、笑った仲間に突き付けた。

しかし、それに対する返事は特になかった。

 

まあ、そんなこともあった、というだけのことで、これ自体大した話ではない・・・・と思っていた。

とはいえ、なんだか私の心に引っ掛かって、時折思い出す昔のエピソードの一つだったのである。

 

さて、あれからかれこれ30年近く経った。

なにかそんな「言葉」に関する新しいエピソードもないまま時を過ごしていた。

 

そんなある日、最近見たテレビのバラエティー番組の中で、こんな場面があった。

どちらかといえば、いじられキャラである女性の大学の先生が、

「私が『枚挙にいとまがない』といった言葉を使うと、あまり聞いたことがないって言われるんですよね。」

と発言した。

 

すると、スタジオにいたお笑い芸人連中が

「ほんまや、そんなの聞いたことないわ。」

とか

「なんすかそれ!」

とか、一斉に総スカンである。

それだけならともかく、司会を務めていたタレントも若いアナウンサーまでも

「そんなの聞いたことがない。」

などと同調する。

 

 つづく