父が逝った―亡くなるまでの1週間を振り返って―Ⅵ

昨日のようなことがあるといけないので父からは目が離せない。

家内が母を連れて出て行った後、父の様子をしばらく見ていたが静かにしている。

 

私は病院内の売店に昼食を買いに行き、独り父の病室で食べた。

地元の業者が作ったらしい田舎風のいなり寿司は素朴な味で、なんだかこのときの寂しい昼食にふさわしい気がした。

 

しばらくすると父が身体を起こしてベッドから出たそうにし始めた。

昨日もこうやってベッドから降りたに違いない。

 

「お父さん、どうしたいの?どっか行きたいの?」と聞いてみるが要領を得ない。

何かを訴えかけるように、半身を起こしてベッドから出よう出ようと試みる。

私は車いすを持ってきて散歩に出ることにした。

 

父を抱えて車いすに乗せ、パジャマの上からカーディガンを肩にかける。

外の風は身体に障るといけないので、広い病院内の廊下をグルグルと歩き回った。

 

30分ほど動き回ったが途中父はうなだれて寝てしまった。

よだれが垂れてパジャマの胸を汚す。

 

母が部屋を離れる直前に食べさせたチョコレートが、まだ口の中に残っていたのか、茶色のよだれがシミになっていた。

ティッシュペーパーでふき取ったが、乾いたその色は、血の跡のようでもあった。

 

部屋に帰りベッドに戻すと父はまた横になった。

しかし、時々半身を起こして必死に何かを訴えようともする。

あまりよく見えていないであろう目をかっと開いて、何かを懸命に捜しているようでもあった。

 

やがて夕方になって母と家内が戻ってきた。

 

 

つづく