モハメド・アリの心情Ⅲ(おしまい)
軽く放ったジャブがその威力である。
返しのストレートがまともに当たったらどんなことになるか!
アリはその恐ろしさにまざまざと気付いたのではないか、と思ったのである。
試合展開にその心情がありありと見て取れる気がした。
明らかにパンチを出せる場面で出さないのだ。
「4オンスのグロ-ブでぶん殴って、相手を再起不能に陥らせたところで自分には何の得にもならない。
かえって、いやな記憶と記録が残るだけだ。
散々蹴られている足も痛いし、とにかく早くこの試合、終わらないかな!」
モハメド・アリはそう苛立っているように私には見えた。
15ラウンドの長丁場の中で、アリが放ったパンチはジャブが2発か3発だけであった。
いくらやりにくいといっても、ボクサーでもない相手にたったこれだけのパンチしか繰り出せない、ということはないだろう。
これに対して、アントニオ猪木の方は
「格闘技世界一の称号を得たい。それは自分やプロレスにとって大変なステイタスになるはずだ。」
の、やる気満々でかかってくる。
それでもどうして拳(こぶし)が殺人兵器に変わるような4オンスグローブで臨んだのだろう?という疑問はやはり残るが、私にはアリの戸惑いをつぶさに見るような試合の映像であった。
モハメド・アリという男、本当はとんでもないお人好しだったのかも知れない。
おしまい