伝統の破壊と再生―日本酒の挑戦―Ⅶ
製造において、杜氏を廃止するという、まるで伝統を破壊するような極めて大胆な手法に打って出た桜井氏であった。
しかし、『いい酒を造りたい』というより大きな目標の前では、杜氏を使うか否かの選択は、より小さな意味での伝統の破壊に過ぎなかったのであろう。
一見、伝統の破壊とも見えるこのような行為は、通常ただの無謀なチャレンジととられがちである。
しかしながら、桜井氏のように合理的かつ科学的に分析を行ないその裏付けをしっかりとるという周到な準備の下に実践することができれば、またそれは新たな伝統の形成となるのである。
製造に関してここまで思い切った手に打って出た桜井氏だったが販売に関してはどのような行動に出たのであろうか。
― 販売業者には最初にこう伝えた。「我々は獺祭を売る覚悟がある。売れるまで引き下がらない。できるかぎり努力する。だが、それでも売れなかった場合は、取引する相手を代える。売れなくてもずるずると付き合うことはない」。―
これもまた杜氏の廃止に負けず劣らず大胆な宣言といえよう。
今までと違い、今後は同じ「売る」にしても、値引きを前提とした「お願い営業」とは決別するという決意表明でもあるのだ。
つづく