伝統の破壊と再生―日本酒の挑戦―Ⅵ
そういった危機的状況のとき、桜井氏はどうしたのか?
原理原則に立ち返って、事業の原点を考え直してみたのである。
― 桜井氏は、経営危機のときに、自問自答を重ねた。
「私はなにをやりたいのか。答えは明らかでした。『いい酒を造りたい』。これからは杜氏に遠慮せず、思う通りにやってみよう。そこで社員と相談して酒造りに挑むことにしました。」
杜氏がいなくても、酒は造れるのか、という疑問は残る。
それに対しても桜井氏は
「日本酒の造り方はシンプルです。私たちは教科書に書かれている通りに純米吟醸酒を造ってみました。そうすると、おもしろいことに明らかに味がよくなった。特に製造量の多い手頃な品種で違いがでました。」
職人の経験や勘よりも、基本に忠実なほうがいい酒になったのである。
このときから、徹底した数値管理に基づく酒造りが始まった。―
素人から考えても、専門職人なしで酒を造るなど、無謀な挑戦に思える。
しかし、それをあえてやってみたところにコペルニクス的転換があったのである。
面白いのは事業の原点に帰った時に、あえて伝統のやり方をぶち壊したことである。
原点に帰る、ということは、伝統を守る、と同義語のように思えるが、それを破壊するというやり方もあった、ということなのだ。
つづく