伝統の破壊と再生―日本酒の挑戦―Ⅷ

杜氏の廃止は、企業内部で働いていた人間に対する雇用打ち切りの表明である。

しかし、販売業者へのこのように宣言するということは、製造業者の生殺与奪の権限を持っている外部関係者への挑戦的な表明である。

 

こういったスタンスで販売業者と対峙するというのは、杜氏の廃止とはまた違う意味で、極めてリスクの高い覚悟の上のだった、と考えられる。

 

このような宣言を可能にしたのは、以下のような背景があったからといえよう。

 

― これは、品質への自信があるからできる方法である。これでは相手は必死にやらざるをえない。交渉力もまた重要なファクターなのだ。―

 

おそらく一般的にはメーカーは、販売に関する交渉力が弱いのではないかと思われる。

「作るのが自分の仕事」と、限定的にとらえる傾向が強いからである。

 

しかしながら、現代経営において特に酒造メーカーのような業種は、販売部門との交渉能力が優れていなければ、大きくバランスを欠くことになる。

「いいものを作っていれば自動的に売れる。」といった時代ではないからである。

 

製造業といえども川下の販売現場の状況に敏感になっておくというのは、今や必須条件といえよう。

売部門への発言権も合わせて確保することが、バランスのとれた現代の製造業経営といえるのである。

 

 

つづく