年配の女性に褒められた―ちょっとした高揚感を覚える―

真紅のセーターの巻

去年の冬、前の日に購入した真っ赤なセーターを着て、何度か行ったことのある蕎麦屋で狸そばをすすっていた時のことである。

その店のおかみさんと思われる年配の女性に「きれいな色のセーターですね。鮮やかな赤で素敵だわ。」と、声をかけられた。店はいつもその息子らしき男性が仕切っており、この年配のご婦人に会うのは初めてだった。私は、ちょっと戸惑ったけれど「あ、ありがとうございます。」と軽くお礼の返事を返したのだった。

昔から、鮮やかな赤色のセーターをずっと探していたのだが、なかなか思うような色に遭遇できなかったのである。赤と言ってもいろいろな種類がある。燃えるような真紅もあれば、血の色に似た深紅もある。ローズピンクを限りなく濃くしたような赤もあるかと思えば、黒に近いような深い薔薇の花の赤もあったりする。私が好きな赤は血の色に近い鮮やかな赤である。真紅の薔薇の深い赤も好きである。

このとき着ていたセーターは、発色の良い鮮やかな赤だった。新宿の伊勢丹で、ひと目で気に入って買ったものだったのだ。次の日には、さっそく羽織って一杯飲みに行こうと出かけ、途中で晩飯を食うために件の蕎麦屋に立ち寄ったのだった。

ブランド品でも何でもないプレーンなカシミア素材のセーターだが、そうやっていきなり褒められて悪い気はしなかった。

意外に難しい赤

スエードのGジャンの巻

また、つい先日、年末のことである。今度は鹿児島で、地元のデパートをぷらっと歩いていたら、革製品で有名な「コーチ」が珍しくセールをやっていた。バッグやら財布やら、アクセサリーなどもセール価格になっていた。そのほとんどが女性ものである。

男性の衣類も少しハンガーにかかっていたので、チラッと覗いてみると、ごくごくオーソドックスなデザインのスエードのGジャンが目に入った。この素材で、こんな普通のタイプのGジャンなんて却って珍しい。この手のものは、どちらかといえば過剰なデザインや装飾などが施されていることが多い。

「いかがです。羽織ってみませんか?」と、年配の女性店員さんに声をかけられた。『まあ、羽織ってみるだけ羽織ってみるか・・・』と、大した考えもなく、袖を通してみた。

「まあ、お似合いですこと。ぴったりですよ。」と、褒められる。こんなのは想定内だ。売る側が「似合わない」なんていうはずもない。それはいいとして、私もなかなかいいな、と気に入った。

しかし当然だが、そんな安いものではない。買う気などさらさらなくて、脱ごうとしたときである。そばを通りかかった、やはりかなり年配の見知らぬご婦人がいきなり声をかけてきた。

「あら、すごくいいじゃないの。似合ってるわ。」こちらが驚いていると、さらに「素敵ね。モデルさんみたい。」と、グイグイ迫ってくる。「えっ、いやいや、そんな・・・」と、私はその勢いに気圧されそうになりながら、後ずさりした。ところがその後婦人、売り場の中まで追いかけてきて、「それ、すごく似合ってていいわよ。」と、宣(のたま)われるではないか。

私は思わず苦笑して、店員さんに小声で「あの方、サクラですか?」と聞いた。店員さんも「なんかすごいですね。よっぽど、気に入られたんじゃないですか。」と、笑っている。

まあ、とにかくそんなドタバタがあって、結局、私はそのGジャンを買ってしまった。思ったよりもかなり安かった、というのもあったのだが、あのご婦人の勢いに圧倒されていなかったら、買うところまではいかなかったと思う。まあ、悪い買い物ではなかったのだが、普段、自分を戒めていた「衝動買い」という奴をまたやってしまったのだった。

ありそうでないスエードのGジャン

 

再び真紅のセーターの巻

そして、さらに先日の話だ。冒頭で書いた真っ赤なセーターを着て、やはり昼飯を食べに老舗の食堂に入ったときのことである。席につき、注文を取りに来た年配のウエイトレスというよりお給仕の女性に声をかけられた。「・・・・ですね・・」最初何を言っているのかよく聞こえなかった。「え?」と聞き返すと、「お洒落ですね、そのセーター。」と、また褒められたのである。「あ、ど、どうも。」と返事をしたものの、こんな風に、着ているものに関して声をかけられるのはこれで3回目だ。

 

いずれも年配の女性

冒頭に書いた蕎麦屋のおかみさんは、もうかなりのお年で、明らかに80代くらいの年齢だった。デパートで声をかけてきた見知らぬ女性も70代後半か80代には見えた。老舗食堂の女給さんも70代くらいであった。

『俺は年配の女性には声をかけられやすいのか?!・・』まあ、いずれもお褒めのお言葉だったので悪い気はしなかったのだが、いかにも平均年齢が高い。まあ、こっちも既に70代だから、他人の年齢を云々できる年ではない。素直に受け止めることにしよう、と思った。

 

体幹が崩れないように

赤いセーターもスエードのGジャンも、年齢からすると少し若い方のファッションと言えるだろう。そんな服を着ていると一声かけたくなるのだろうか。

着るものに関して、年相応に落ち着いたものを、とか、年だからこそあえて華やかなものを、とか世の中ではいろいろ言われている。私の場合、そんな世間の意見を意識するということは全くない。落ち着いたトーンだろうが、華やかなパステルカラーだろうが、今でも好きなものを着たいときに着るだけのことである。ちょっとだけこだわりがあるとすれば、できれば素材の良いものを、ということくらいか。

ただ体形だけは意識していないと、腰が曲がったり、背中が丸くなったり、太り過ぎたりすると私の着たいものが似合わなくなることは確かである。なので、できるだけ体幹が崩れないように、と軽い筋トレなど繰り返しながら日々気をつけているのだ。

 

異性に褒められて悪い気はしない

何でもない日常会話など、すぐに忘れてしまうのが当たり前になってきた。ただ、今回我が身に起こった3件のお話は、ちょっと印象的だったので記憶に残ったのである。どうあれ、異性に褒められるというのは悪い気はしない。年齢を重ね、すっかり高揚感など覚えなくなった私の心をちょっぴり揺らしてくれた。

赤いセーターやスエードのGジャン、まだ春先までも着れそうなので、ときどき羽織って街に出かけるとするか。