「社会人経験」という無形の資産価値について―純粋培養の危険性を考える―(前編)
「先生」と呼ばれる職業
ときどき耳にする議論に、
「教師や医者は、学生を卒業してそのままその仕事に就くのではなく、一度、異なる業界で社会人経験を積んでから、それらの専門職に就くべきではないか。」
というものがある。何故こんなことを言われるのだろうか。
それは、世間知らずの学生がいきなり「先生」と呼ばれる職業に就いた場合、本人がよほど気を付けないと、とんでもなく高慢な態度をとるようになる可能性が高いからだ。実際、そうなるケースも多いようである。
現在、教員や医者が、その専門職に就くまでに、どんなプロセスを踏んでいるのかわからない。ただ、そういった経験をあえて積ませる、というのも制度として取り入れた方がいいような気もする。
税務署出身の税理士の場合
さて、そういった文脈で考えたときに、我々会計人の業界はどうだろうか。やはり、税理士事務所など、税務会計の専門分野を歩んできた人が多いと考えられる。
また、統計上の税理士資格保持者ということで言えば、税務署出身の人が全体の6割くらいで一番多いらしい。この人たちは、まあほかの業界にいた、と言えなくもない。
しかし、税務署職員というのは、私が想定する「世間」とはかなり異なるような気がする。大きなくくりでいけば、税務会計を中心とした税理士の業界と共通項の多い世界、と言っていいだろう。
税理士事務所出身の人を含めて、こういった税理士さんの場合、基本的なものの考え方として、常に税務とか会計とかをベースにした発想をするのではないだろうか。それが悪いとは言わないが、様々なタイプの職域が存在する経営の世界から見ると、かなり限定的な分野の出身ということになる。
業界でユニークな事務所は・・
私が今まで見てきた感想で言えば、面白い事務所経営、大きく発展した事務所などは、違う業界から転職してきた税理士先生が多いような気がする。そう幅広く調べたわけではないが、私の知っている範囲で見てみると、理系出身の先生、営業畑出身の先生などが、事務所を大きくしたりユニークな経営をしなさったりしているようである。
これはどういうことか、と考えてみた。
理系出身の先生は、やはり数字に強いし、デジタル系のテクノロジーに対しても全く抵抗がないどころか得意分野でもある。この二つの特長は、我々の業界にとって極めて重要な要素と言えるので、それを得意とするトップが率いる事務所が発展するのはそれほど不思議な話ではない。
また、営業畑出身の先生は、言うまでもなく営業センスがある。どんな業界であろうと、ビジネスをやっている限り営業はその根幹を成す業務といっていい。しかし、その営業に弱いのが会計人の特徴でもある。同じ仕事を提供していても、営業に強い先生の事務所が抜きんでるのは、これも自然な現象といえよう。
俺には向いていない職業だろうなあ
さて、そんな業界の中でも、私はまた違った経歴の持ち主ということになる。私は2代目税理士だから、業界的な環境の中で育ったと言えなくもない。
しかし私の場合、父が税理士という職業で稼いだお金で、充分な教育を受けさせてくれたことに感謝はしてはいたが、特に業界に対するシンパシーのようなものは感じていなかった。
それどころか、父を見ていて、どちらかといえば自分には向いていない職業だろうなあ、と薄々感じてはいた。というわけで、大学卒業後、一応東京で公認会計士事務所に就職はしたものの、全くものにならず、ちょうど2年勤めたあと退職してしまったのである。
そこで、自分に向いた業界なり職業なりを見つければよかったのだろうが、そうはならなかった。いわゆるフリーターをやりながら何年か過ごしてしまったのである。
これではいかん、と、その後大学院に入り直して論文を書き、税理士資格だけは何とか確保した。しかし、すぐに税務会計方面の職業に就くことなく、いろいろいきさつがあった末、友人と会社を設立したのだった。
向いてないかも・・・
つづく