10級からやり直し―私が新入社員だったあの頃―Ⅱ

大学を出たあと、新卒で入った新宿の公認会計士事務所。

「これを頭に入れるように」と、初めに示されたのは新聞紙台の財務諸表だった。

 

出社初日は、一日中そのペーパーを眺めていた。

その後、しばらくの間、どんなことをしていたのかやらされていたのか、よく覚えていない。

 

特に何も教えられないまま、日がなその新聞紙のような財務諸表を眺めていたような気がする。

そんな日が続いたある日

「海江田君は、ソロバンはできるのかね。」

と、その先輩社員に問われた。

 

そう言われて、私ははたと困った。

実は私は、小学校の頃、転校したタイミングが悪く、ソロバンを全くやったことがなかったのだ。

 

どういうことかと言うと、父の開業の事情で、私が小学校4年生の頃、宮崎県から鹿児島県に転校することになった。

そのとき、宮崎ではこれからソロバンを習う授業が組まれていたのに、鹿児島ではそのプログラムはすでに終了していたのである。

 

当時は、小学校のカリキュラムにソロバンが組み込まれていたのだが、県によって教える時期がずれていたのだ。

結果として私は、ソロバンを習うことも触る機会も特にないまま大人になってしまったのである。

 

とにかく、ソロバンは全くできないので

「いや、できません。すんません。」

と返事した。

すると

「じゃあ、仕方がない。ソロバンの練習帳を買って、できるようになってください。」

と言われた。

当時、会計事務所ではまだソロバンを使って計算をしていたのである。

 

その日私は、勤め帰りに紀伊国屋書店に立ち寄って、ソロバンの練習帳があるか探した。

そうすると、小学生レベルの学習教材のコーナーに、結構な種類の練習帳が並んでいた。

見ると、10級あたりから始まって5球、3級、1級といった具合にレベルが上がっていく仕組みになっている。

 

先輩からは、「いくらやったことがないといっても、せめて7級か6級ぐらいからは始めろよ。」と言われていたものの、全く自信のなかった私は、とりあえず10級のテキストを買った。

10級なんて小学生の低学年レベルの計算問題しかない。

それでもほとんどソロバンに触ったこともなかった私は、四苦八苦しながらその10級練習帳に取り組んだのである。

電卓じゃダメですか?

 

つづく