人生を豊かにする大切な要素―文学全集、一家に一セットあると思っていたあの頃―Ⅱ

子供の頃からわが家にあった3パターンの「文学全集」。

「少年少女文学全集」「世界文学全集」「日本文学全集」の3種類だった。

 

ところが、5人家族であった我が家で、これを読む人間は私以外にはいなかったのではないか、というのが、今になって振り返ってみた私の印象である。

或る意味、もったいないと言えばもったいない話だが、私にとって、これらの「文学全集」はとてもありがたかったのである。

 

まず子供の頃に読みふけったのは「少年少女文学全集」であった。

考えてみれば、PCもスマホもなかったあの時代、子どもに与えられた膨大な時間を費やすには、読書が一番だったのである。

 

テレビも、私の子供の頃までは、まだカラーではなかったし、番組のバリエーションも限られていた。

自然と本に向かう環境は整っていたのだ。

 

読書というのは面白い。

絵本や挿絵のふんだんな本でもなければ、ストーリーの中の情景を自分で想像しなければならない。

 

情景を想像するという点でいえば、「西遊記」や「ギリシア神話」や「ローマ神話」などはファンタジーである。

天上世界や神々の国や魔界といった現実にはあり得ないような世界を頭の中に描いてみる。

 

一方、「赤毛のアン」や「エミールと探偵たち」といったお話は、現実にある世界だ。

それがアメリカやヨーロッパなので、行ったことはないだけである。

 

行ったことはないけれど、どんな山や川なのかどんな街なのか、ということには想像をめぐらす。

そうすることで、何となくアメリカはアメリカ、ヨーロッパはヨーロッパというイメージが形成されていくのだ。

 

そこでは自然とアメリカの草原や大地、ヨーロッパの街並みやリゾート地といったものが頭の中にできあがる。

それがやがて、大人になって映画の世界や実際旅行で行ってみることで、確認したり修正を加えたりして想像していたイメージと一致させていくのである。

 

この、

「実際は見たことがないけれど、その映像を言葉による情報によって想像しておく。」

というのは極めて大事なのではないか、と思う。

後年、現実の映像と重ね合わせたときに感じる深みが違うような気がするのである。

 

仮に、実際に見る機会がなかったとしても、そういった想像の世界を持っているということは、人生を豊かにする大切な要素でもあると思うのだ。

子供頃の読書は、そういった豊かな世界を作ってくれるベースでもある。

 

              いろいろな世界を想像する。

つづく

今日の川柳コーナー

◆領収書 これなんですか 認めません

うちの経理は厳しいす。