「哲学なき経営」「美意識が欠如した企業統治」―社長の「情報発信(アウトプット)」は「質」が問われる時代―Ⅱ

現代経営に極めて必要かかつ重要な要素として、哲学、美学、或いは美意識というものが求められ始めてきています。

これは、世界の多くの経営者たちが、自分自身に必要なこととして言い出している一つの潮流ともいえる現象でもあります。

それは、効率性や合理性、それを支えるテクノロジーというものが極度に発達してきた結果、様々な障害が起きてきたためと考えられています。

 

日本においては、かつて水島廣雄氏が率いた「そごう」の百貨店経営がもてはやされました。

その合理性を極限にまで追求したはずのビジネスモデルも、バブル崩壊とともに破たんを迎えることになったのです。

 

近年では、少し前の話になりますが、やはり経営破綻した「東芝」を、哲学なき経営のサンプルとして取り上げることができます。

今では散々やり玉に挙げられている東芝ですが、数年前までは優れた経営管理や指名委員会の設置などの手法で、企業統治の優等生としてマスコミから誉めそやされていたのです。

 

その東芝も業績が悪化し、目標が達成できなくなりました。

そういった業績の報告において、事実をねじ曲げるために、「粉飾決算」という禁断の領域に手を染めてしまったのです。

 

そのほかにも「三菱自動車」にしてしかり「電通」にしてしかり、といった状況です。

これら有名企業は、その経営手法や企業統治において、日本を代表してきた企業でした。

 

何故こんなことになったのでしょうか。

その原因についてはいろいろな分析がなされていますが、大きな要因として「哲学なき経営」「美意識が欠如した企業統治」といったことが言えると思います。

 

ここで、

「それは私からは遠い大企業のことで、自分のところみたいな中小企業とは関係ない話だ。」

と思わないでいただきたいのです。

これまで日本経済において、いろいろな意味で時代をリードしてきた大企業ですが、「悪いサンプル」としてもまた参考にする必要がある、と私は考えます。

 

「悪いサンプル」というのは経営破綻したり、コンプライアンス違反で起訴されたりと、まさに反面教師としての好事例になります。

ですから、これを勉強しない手はないのです。

 

つづく

 

今日の川柳コーナー

◆この映画 観たような?は まず観てる

2回観ないと頭に入りません。

鍵もたいていかけてますな。