自力で時間をかけて地域興しを実現ーブルネロクチネリに見る働き方改革に関する一つの考え方ーⅢ

ブランド名に自分の名前を冠したブルネロ・クチネリ氏は65歳というから私と2歳違いである。

私より2歳若い彼が、自分の代で立ち上げたブランドをここまで育て上げたというのは驚異的なことだ。

 

1985年に妻の実家があるソロメオ村に本社を移転させた彼は、古城を買い取り修復して本社と工場にしたり、劇場や図書館なども建設している。

さらに、2013年には仕立て、造園、左官などの職人の養成学校も設立し、学生は学びながら働き、給与も支給される。

そのほか、スポーツ公園、オリーブ、ブドウ、小麦や野菜の畑も整備している。

 

こうなるともう立派な地域興しである。

1978年に創業し、現在までこんな活動を続けているということは、40年以上かけて自力でここまでもってきたということになる。

 

イタリアの政治状況がどうなっているかよくは知らないが、これが日本だと、とっくに国や自治体の援助だ、助成金だと横から余計なおせっかいが入ってきそうな気がする。

そうなったら、こんなに長く順調に自主的に続けてくることはできなかったかも知れないなあ、と思う。

 

また、仕掛ける側のマインドもしかりである。

少し苦しくなれば、すぐにそういった公的援助を当てにし始めるのではないだろうか。

 

日本との比較はともかくとして、そういった努力が実を結んだのか結果としては、次のようなことになっているのだ。

 

―同社の製品はイタリア国内で製造され、その約80%は州内だ。

給料はイタリアの一般企業より20%ほど高いという。―

 

生産拠点を、労働力の安い海外に移転するブランドの多い中、国内生産にこだわっている点も評価されるところなのであろう。

 

 

つづく