ドラマ「集団左遷」に思う―テーマ設定に無理がないか?―Ⅲ

さて、今回始まったドラマ「集団左遷」が、かつての映画「集団左遷」のリメイク版だとすれば、津川雅彦が演じたあのパワハラ上司など、どのように描くのだろう?と思ってみていた。

そうしたら、ん?・・・そういう思いとはまた別の、ちょっと違うところに違和感を覚えたのである。

 

それは、廃店が決まった銀行支店の行員たちが、そうならないように一丸となって頑張る、という設定そのものに対してである。

「どうせ近いうちに廃店になるのだから、それまでは頑張らないで適当に流して仕事をしろ。」

と迫る三上博史演じる冷徹な上司に、福山雅治演じる新任支店長が

「いや、私は頑張って仕事をして、「廃店」にならないようにもって行く。」

と啖呵を切る場面が第1話の山場だった。

しかし、これに対して私は違和感を覚えたのだ。

 

おそらく、今後ドラマは、到底達成するのは無理と思われていたノルマを、福山率いる支店のメンバーが一丸となってやり遂げ、嫌な上司を見返すといったストーリー展開になるのだろう。

しかし、果たしてそれでいいのだろうか、ということを今回は思う。

 

これまでこの手のストーリーは、悪徳開発業者が、リゾート施設とかレジャー施設建設のために、住民を排除したり自然を破壊したりしようとする計画を、弱い立場の人たちが立ち上がって白紙に戻させる或いは撤退させる、といった展開が多かった。

または、ヒール役の上司率いる派閥との抗争に、正義感の強い主人公側が打ち勝つといったものもよくあった。

 

いずれも敵役側に理はなく、言わば勧善懲悪的展開で、最後は納得の形でこちら側が留飲を下げるというものがほとんどだったのではないかと思う。

しかし、今回のドラマは、そんなシンプルな視点で見ていいものだろうか?ということなのである。

 

つづく