頭がいいとは?パート2のⅠ
以前、このブログで「頭がいいとは?」というタイトルで書いたことがあった。
あの文章は実はこれからご紹介するコラムに触発されてのものだった。
それは「知性について考える」というタイトルで、私があのとき書いた「頭の良し悪し」について考察したコラムだったのだ。
この文章を少し引用しながら「頭の良さ」についてさらに考えてみたい。
これむは次のような書き出しで始まっている。
― 私達は「頭が悪い」と言われることを極端に嫌う。
知性が人間そのものの優劣を決めるかどうかは私が判断するところではないが、実際知的であることは現在の世の中においては有利であるし、組織は知的な人物を必要としている。
だが、「どのような人物が知的なのか」ということについては多くの人々の判断が別れるところではないだろうか。
世の中を見渡すと、あらゆる属性、例えば学歴、職業、資格、言動、経済的状況などが「知的であるかどうか」のモノサシとして使われており、根拠があるものないもの含め、混沌としている。―
「知的であること」に対する見解としては、私もおおむね同じように思っているし、以前もそう書いた。
この見解に対して、これを書いた筆者が知り合った「先生」は少し違った見方をしていたというのだ。
今回はそのお話について掘り下げて行ってみたい。
つづく