一瞬で決まる未来「0,1秒の決断」―肝心なのはタイミング、男には迷っちゃいけないときもある―

数少ない私の成功事例

昔、坂本九の歌に「ステキなタイミング」という曲があった。(めちゃめちゃ古い話ですみません。歌手も曲もわからないという方は調べてください。)

その中に

―この世で一番肝心なのはステキなタイミング♪―

という歌詞があった。

今回は、そのタイミングについてのお話である。何事もグッドタイミングで成し遂げなければ、その効果が半減どころか、下手するとマイナスになってしまいかねない。

そこんところで、散々失敗を重ねてきた私であるが、今回は逆のうまくいった方のお話を聞いていただきたいのである。まあ、数少ない私の成功事例なので読んでいただければ幸いである。

 

このままささやかな幸せが

夫婦関係に於いて、私は全くもってロクでもない亭主だったと思う。カミさんの献身的な家族に対する貢献に比べれば、私がかなりのぐーたら亭主だったことは、自他ともに認めるところである。

そんな私だが、これまでの夫婦の歴史の中で、2回だけカミさんに貢献したというか、ちょっとした感謝くらいだったらしてもらえそうな出来事があった。それは、なにかしら地道な努力を続けることで家族に貢献した、といった話ではない。

私のほんの一瞬の判断が、カミさんをホッとさせたのではないか、という程度ことなのである。どういうことか。

そのまず一回目は、カミさんが末っ子である長男を妊娠したときであった。

それまで長女と次女の二人の女の子を育てていて、次女が4歳を迎えるころ、ようやく、家族の形も落ち着いてきた。その頃カミさんは、このままささやかな今の幸せが続けばいいな、と思っていた。

 

一つの「事件」が起こった

ところが、ちょうどそんな時期を迎えたとき、もう一人できちゃった、という事件が起こったのである。3人目というのは夫婦の間では予定していなかったので、これは一つの「事件」であった。わかった瞬間からカミさんは相当焦ったようだ。

そうして何日も悩んでいたとき、ちょうどテレビでアフリカの難民の映像を観る機会があって、「この大変さに比べれば、私の悩みなんていくらのものでもないんだわ。」と思い、3人目も産もうと決断したらしかった。ただそのとき、ちょっと気にかかったのは私がどう思うか、ということだったようだ。

私と言えば、3人目の妊娠を聞いたとき少し驚いたが、わかった瞬間カミさんがひどく落ち込んでいたので、なんともコメントをできずにいたのである。もちろん生むことに全く異論はなかったのだが、大変な思いをして産むのはカミさんである。そのカミさんがひどく悩んでいるのを見ていて、どうしろこうしろとは言えずにいたのだった。

 

ホッとした0,1秒のOK

そんなある日、仕事から帰った私に、カミさんが改まって話があるという。珍しいことだったので、「なになに?どうしたの?」と聞く私に、カミさんが「私、産もうと思のだけど、あなたはどうなの?」と逆に聞いてきた。

私は一瞬の躊躇もなく「いいよ。3人目。育てようよ。」と答えた

たぶんカミさんも、私がそう答えることはわかっていたとは思うが、どんな返答の仕方になるかは、ちょっと心配していたのではないだろうか。

そこにほんの一瞬でも迷いがあったり、逡巡する様子が見えたりしたら、それは心の傷として残ったのではないか、と思うのだ。別に私を試すために聞いたわけではないと思うが、その可能性はあった。

私の返事の仕方によっては、心がざわついたかも知れないのだ。

それを、0,1秒でOKの返事が返ってきたのでホッとしたのではないかと思う。

カミさんが心配したように、3人目は高齢出産だったために、身体的には結構大変な思いをしたのだった。生まれたあとも、上の二人の時よりも私は育児にかなり協力をした。このときの加点は割と大きかったと思う。

 

両親を預かろうと思うのだけど

もう一回は、出産とは真逆のできごとであった。

子供ではなく、親に関することである。

カミさんは末っ子だったので、カミさんの両親は、長男である私の親に比べて年齢は少し上だった。義理の父が90歳を迎えるころ、身体的にかなり不自由になり、少し認知症の入ってきた母との二人での生活が危うくなってきた。

かといって、二人そろって老人ホームに入ってもらうというのは、現実的には難しい状況にあった。カミさんには二人の姉がいたが首都圏に嫁いでいて、当てにすることはできない。

当時、私たち一家は両親の住む田舎町から、車で2時間くらい離れた県庁所在地のマンションに住んでいた。こっちが田舎に移るのは難しい状況だった。

カミさんは相当困ったらしかったのだが、或る日とうとう決断したかのように私に聞いてきた。「ねえあなた、私の両親を預かろうと思うのだけど、それでいい?」

つまり、マンションに同居させて、面倒を見たいということである。私たちの日常生活がかなり変化することになる。

 

私の欠点が返って功を奏した

このときも私は0,1秒で返事した。

「いいよ。預かって一緒に住もうよ。」

これには、カミさんは相当ホッとしたらしかった。

このとき、長女と次女は大学に進んでいてすでに家を出ていた。一緒に暮らしていたのは末っ子の長男だけという3人暮らしだった。これがいきなり年寄りを含めた5人暮らしになる。

マンションは4LDKでスペースにはある程度余裕があった。とはいえ、マンションはマンションなので、日常生活が少々不自由になるのは覚悟しておかなければならない。

しかし、私は一瞬たりともそんなことは考えなかった。『(両親が)二人で暮らすのはもう無理そうなんだから預かったらいいじゃん。』と、単純にそう思っただけのことである。このときは、普段からあまりちゃんとものを考えていない私の欠点が返って功を奏したのだった。

さすがにこの場面では、私が逡巡する可能性をカミさんは想定していたようだ。だから、この0,1秒には救われたのだろう、と思う。

 

良いことって、たったの2回?

予想外の末っ子の長男ができたとき、カミさんの両親を預かることになったとき、私たち夫婦に起こったこの2回の結構シビアな局面。ここで、カミさんに余計な心配をかけずに済んだ、というのは長い夫婦生活の中でも珍しく間違いのない私の判断だったと言えるのだろう。

とにかく、普段点数の低い亭主の私だが、先述の2回の判断において、瞬時にカミさんの意に沿うことができたのは、ことさら意識してそうしたわけではなかった。まあ、たまたまいい結果に終わったので、こっちとしても救われたのである。

それにしても、長い夫婦生活で良いことしたのはたったの2回かよ、とのそしりは免れ得ないだろうなあ。

ん?これって、冒頭のステキなタイミング、とはちょっと違う話ですかね?

 

カミさんと私と長男の珍しい3ショット