その辺にいる普通の親父だけど、私が結構幸せなわけ―自分の軌跡を振り返ってみた―(前編)

世の中に溢れている成功本

本屋を覗くと実にいろんな「成功本」或いは「成功するための方法論」を書かれた書籍がうず高く積まれている。そのほとんどが、立派な業績を持つ才人や或いは経済的に大成功した企業人などである。まあこれは当たり前のことで、そんな人でなければこんな凄い本は書けないだろうし、それだけの裏付けのある人物が書いたものでなければ誰も買ったりしないだろう。

しかし、ときどき不思議に思うことがある。「大金持ちになる人のたった一つの思考法」とか「この習慣があなたの人生の成功を決定づける」とか言われても、それって本当かなあ、とつい疑問を持ってしまうのだ。もちろん、それを書いた人にしてみれば、ちゃんとした根拠のあることであり、それなりに説得力もあっての話だろう。

しかし、こういったことが本当にばんばん実践されているとしたら、世の中金持ちの成功者だらけということになってしまうではないか。現実には、書いた人間の独自性によるところが大きく、再現性という点では相当程度難しい、ということなんだろう。

そもそもみんながそんな金持ちや成功者になる必要があるのか、ということもある。困らない程度のお金やそこそこの幸せがあればいいじゃないか、というのが多くの人間の思うところではないのか。

かくいう私も、しょっちゅう本屋に通いながら前述のような題材の書籍を前にして、ちょっと焦ったりしているわけだ。

『俺も、このうちのどれか一つくらい実践してみた方がいいのだろうか・・・』

 

俺って結構ハッピーじゃん

しかし、ふと立ち止まって考えてみた。「成功者」或いは「金持ち」とかを目的としない基準でいったらどうなるんだろう、と。

例えば、その人間が幸福感を味わっているのか否か、即ち今自分がハッピーかそうでないか、という基準で判断したらどうなるのだろう、と。

そう考えて、自分自身に置き換えてみた。つまり「今、俺ってハッピーなのか、そうじゃないのか?」と自問自答してみたのだ。

そうすると、結論は明快であった。

「あ、俺って今結構ハッピーじゃないか。」ということに気が付いたのである。

そこで改めて、別に金持ちでもなければ成功者でもない、その辺にいる普通の親父(爺(ジジイ)という説も)である私が、そこそこハッピーでいられるわけを考えてみた。

これは、全くの個人的な独白であって、何か他人(ひと)のお役に立てるといったものではありません。ただ、私がこの歳になってハッピーと思えるまでの軌跡を追ってみたら、ちょっとくらいは他人様の参考になるのではないか、と考えただけのことでございます。

 

なんでもない平穏な日々が一番幸せ

さて、先述の成功本を書いた人たちの話に戻るのだが、彼ら彼女らは自分自身が何らかの成功を成し遂げていなければ、そもそも説得力がない。結果的には、その「成功者」という資格をもって、そういった本を執筆していることになる。

なおかつ、その成功ゆえに原則現状がハッピーであるというのも、執筆に至った条件に入っている、と考えられる。

というのは、成功はしたけれどそんなにハッピーじゃない、となればやはり説得力に欠けるからである。

そこで考えてみた。ああいう本を書けるほどの成功など手にしていない、私のようなポジションの人間でも、今みたいにハッピーと思えるというのはどういう状況なのか、と。

そうすると

「そんなの決まっているじゃないか。日常のなんでもない平穏な日々を送っていられるというのが人間一番幸せなんだよ。」

といった答えが返ってきそうな気がする。

そうなのだ。例えば、私のカミさんなどは、まさにそんな説の信奉者というか確信的にそう思っているみたいで、娘や孫たちに囲まれてその幸せな日々を送っている。もちろん私も、カミさんがそんな思いで生きていることを否定するわけもない。

 

俺のハッピーは何処に?

ただここで、ちょっとした問題が発生する。それは、そのカミさんの旦那である私はどうなのか、ということである。カミさんと同じように、その平穏な日常にのみ幸せを感じることができるのか。

こんなことを言うと、世の女性たちの非難を浴びそうだけど、結論から言えば、私という人間は、それだけではなんとも居心地が悪いのである。もちろん私とて、愛する家族に囲まれた風景というのは、それなりにハッピーであることは間違いない。

ただ私がここで言いたいのは、先述の成功者たちに対抗しうるくらいの充実感ということで言えば、という前提なのである。対抗する、というのはやや挑戦的な言い方であるが、別にそこまで行かなくてもいい。

先述の「平穏な日常」といったくくりとはやや異なる、もう少し踏み込んだレベルのハッピーであり充実感なのだ。それって、俺にはないのか?

うーん、なんかちょっと面倒な説明になってしまったな。つまりは、ああいった本を書くほどではないけれど、私なりのハッピーに辿り着いたその軌跡を表現したらどうなるだろう、ということを考えてみたのだ。

とにかく、ここまでを前置きとしよう。ということで、自分なりに自分の人生を振り返ってみたらどうなるのだろうか。

家族そろってハッピー、ハッピー♡

つづく