「ミスター・ノーバディ」・・狂った最凶の親父―最強にもかかわらず何だか等身大―
近年、最も刺さったヒット作
「ミスター・ノーバディ」という映画をご存じだろうか。それほど大ヒットしたとは聞いていないし、巷で話題にもなっていないみたいなので、いわゆるB級作品にカテゴライズされている作品なのかも知れない。
とはいえ、第2弾も制作されているらしい。日本以外では、そこそこヒットした作品だったのだろうか。
とにかく私にとってこの映画は、近年、最も刺さった私的ヒット作となった。自宅のハードディスクに録画して、もう5回以上は観たはずである。おかげで細かいセリフに至るまでソラで言えるようになったくらいだ。
さて、何故それほどまでに私の心に刺さったのか。多少のネタバレゴメンで書かせていただきたい。
パッとしない中年男
この映画、主人公は冴えない中年男である。これが本当にパッとしない中年の男性で、ガタイも大して良くなければ、風采も全く上がらないごく普通のオッサンなのだ。
朝のゴミ出しに遅れては、奥さんにピリッと皮肉を言われるし、思春期の長男も尊敬している風には見えない。長男とは年の離れた下の女の子だけが、パパ大好きといった家庭内人間関係に描かれている。
ところで、近年のアクション映画では、めっぽう腕の立つ殺し屋というのが何人か登場している。
「イコライザーシリーズ」のデンゼル・ワシントン、「ジョンウイックシリーズ」のキアヌ・リーヴス、「96時間シリーズ」のリーアム・ニーソンなど、それなりに凄味もあるし、殺しの腕も鮮やかだ。また、いずれも昔から主役を張るスターでもある。
それに比べて、この「ミスター・ノーバディ」の主役は、ボブ・オデンカークという男優で、この名前を聞いて「ああ、あの俳優ね。」と顔が浮かぶ人はほとんどいないだろう。これまでの出演作を調べてみても脇役が多い。
惹きつける冒頭部分
映画の冒頭、本人の顔のどアップが登場する。この男、いったい何をやらかしたのか、顔中傷だらけである。
そのとき、バックに流れる音楽がアニマルズの「悲しき願い」なのだ。と言ってもピンとこない人も多いだろう。
「だあれのせいでもありゃしない~♪みんなおいらが悪いのかぁ~♪」という歌詞で、メロディーが思い浮かぶ方がいるだろうか。日本では若い頃の尾藤イサオが熱唱していた。
とにかくこの曲がバックにゆっくりと流れる。初めて観たとき、まずこの冒頭の導入部分に私は痺れた。
そこには、傷だらけでボロボロになった顔の中年のおっさんが映っているだけなのだが、そのやや疲れ果てたような面構えがなんともふてぶてしい。
映画の冒頭部分というのは大事である。ここでグッと惹きつけてくれれば、「おっ、もっと観てみようか。」となるのは間違いないところだ。
絶妙のネーミング「監査役」
まあ、このままずっと筋を追っていても仕方がない。かなり面白い作品だと思うので、よかったら是非観ていただきたい。
私は、何故この映画が5回も繰り返して観ちゃうほど気に入ってしまったのか・・・末っ子の娘を除いて、カミさんや上の男の子にも、家庭内ではすっかり軽んじられてしまっている冴えないお父さんが、実は昔、恐ろしく腕の立つエージェントであった。しかもこの男、一度怒らせたらもう手がつけられなくなる、という設定が、なんとも落差があって面白かったからにほかならない。
昔、トップシークレットである国の組織(CⅠAか?)のエージェントだったという謎の設定である。しかも、そのときの役職名が「監査役」というのも、なんか絶妙な気がした。
「監査役」というのは、まさに我々会計の業界にとって、なくてはならない役職の一つである。こっちの業界的には、主として数値面から企業に不正がなかったかどうかをまさに監査する役割であり、企業内部の役職の場合もあれば外部監査役というケースもある。
映画の中では、不正をやらかした組織内部の人間を抹殺する役目だったらしいことを匂わせている。ジョンウイックシリーズの「主席連合」という殺し屋組織のネーミングもうまいこと漢字を当てて秀逸だと思ったが、この「監査役」という呼び方も、ちょっとひねっていて面白いなと思った。
勧善懲悪ストーリーの完成形
途中、路線バスの中で乗客に絡んできたロシアンマフィアのチンピラ5人を叩きのめすシーンがあるのだが、これも決してカッコイイ勝ち方ではない。双方ともグチャグチャになりながら、1対5にもかかわらず最後は何とか勝っちゃうという設定である。
この辺りも、イコライザーシリーズのデンゼル・ワシントンと違って、めっぽう強いわけではないところが、かえって共感を呼ぶのだ。ラストの大暴れのシーンを含めて、すべてあり得ない設定なのだが、観ていてつい等身大に思えてしまうところが、惹きつけられる要因なのかも知れない。
最後、ロシアンマフィアの組織を壊滅させるという場面は、勧善懲悪ストーリーの完成形といったところだろう。映画後半は、ドンパチ部分を含めていささか荒唐無稽ではあるが、なんかスカッとする作品ではある。
中年より上の男性にとって、自分と等身大に思えるようなヒーローが活躍するちょっと珍しい1作ではないだろうか。まだの方には、是非お勧めしたい私的推薦作の一つである。

ミスターノーボディ・・ではありません