ここは日本か?!?―いろんな意味で異体験、夜のトビウオ漁―(後編)

轟音の中の航海

轟音とともに、いきなりマックススピードで走り始めたトビウオ漁漁船。

この小さなオンボロ漁船はすべてがむき出しなので、エンジン音と船の後方にあがるスクリューの波しぶきの音が結構すごい。バシンバシンと舳先を波に打ちつけながら、港の外へと船は走る。いつもはキャアキャア賑やかな二人の孫たちも、あまりの異体験に声も出ないでいる。

下の男の子はちょっと怖いのか、青白い顔をして黙りこくっていた。

「おい、怖いか?大丈夫か?」

あんなに無口だった船長が少し笑いながら声をかける。

なんというか、このすべてむき出しのオンボロ小舟で夜の外海へと漕ぎ出すのは、これまでいろいろ見聞きさせてきた孫たちにとっても、異体験中の異体験といえるかも知れないな、と思った。昔、ちょっとダイビングなどやっていた私は、こんな船にも慣れていたので平気である。

そこで、目を凝らして自分たちの位置を確認してみた。暗闇に目が慣れてくると、うっすらと港を囲む半島のシルエットなどが見えてくる。

 

いきなり船は止まった

もう少し走れば湾の外に出るかな、と思ったそのとき、いきなり船が止まった

途端に、バシンバシンとたて揺れだった船がゆらゆらと横揺れに変わる。

漁場に着いたのかどうかわからない。

「あのう、ここですか?」と聞くと「ああ、ここで漁をする。」という返事だった。

コミュ不足は相変わらずである。

どうするのかと見ていると、船長はやおら太い電気コードの先に筒状の灯りらしいものがついた「装置」を取り出した。それを船尾から海中1メートルくらいの深さに投入する。電気を入れるとその装置は、眩しい光を放ち始めた。海中で怪しく光っている。

『なるほど、この灯りに魚が寄ってくるわけね。』と合点がいく。

とはいえ、その間、別に何の説明もない。ただ、一人に一本ずつ口の広い網が配られた。これで魚を捕らえるということなのだろう。

 

飛魚は前にしか進めない

じっと目を凝らしていたら、そのうちキラリと魚影が見えてきた。

「あっ、飛魚だ!」と、みんな興奮する。

船に近づいてきた一匹がいたので、網を水中に突っ込んでみる。しかし、広口の網にもかかわらず、スルッと逃げられて全く捕えることができない。

そうやって少し経った頃、船長さんが

「飛魚は真っ直ぐ前にしか進めないから、魚の前に網を持ってくると捕まえやすい。」

と教えてくれた。

だったら、始まる前に教えてよ、と思ったが、この人の場合まあ仕方がない、と諦める。

更に何回か失敗するうちに、魚たちは見た目よりも、やや深い場所を泳いでいることがわかった。水中おける光の屈折率の関係なのだろう。

そこのコツがわかったので、見た感じよりも深く水中に網を突っ込んでみたら、まず一匹捕まえることができた。そうこうしているうちに、娘や孫たちもコツがつかめたのか一匹二匹と捕え始めた。獲れるたびに歓声が上がる。

船長さんがときどき船の位置を変えながら、捕まえやすいようにリードしてくれる。取った魚を放り込むブリキの大きめの缶は、飛魚が満杯とはいかないまでも何匹も重なってきた。

やっと捕れた最初の一匹

 

一航海1万2千円

水中に網を突っ込んで振り回す行為は思ったより重労働で、やがて身体中が汗ばんでくる。『こりゃあ、明日の筋肉痛が恐いな。』との思いが頭をかすめた。

四苦八苦しながら、水中の魚と格闘していたが、ふと男の子の孫を見ると、青い顔をしてペタンと座り込んでしまっている。船を止めてからの横揺れに、どうやら船酔いをしたらしい。

少し時間的には早いかな、と思ったが、陸へと引き上げることにする。飛魚は缶の中に20匹くらいは取れただろうか。漁をしていたのは、時間にして30分くらいであった。

船は踵を巡らして、また大音量のもと港へと向かう。バシンバシンとたて揺れがしばらく続いた後、静かに元係留されていた場所へと戻った。

この夜、とれた魚は全部で15匹くらいだった。それをビニール袋に移し、今回の料金を払う。

ホームページには1万円と書いてあったらしいが、払う段になったら1万2千円ということだった。この辺も実に緩い。

ま、大量とはいきませんでしたが・・

 

この夜、二つの面白さ

こうして、夜の異体験航海を無事終えることができた私たちは、真っ暗な田舎道を帰路へとついたのである。

今回の飛魚漁体験で印象に残ったのは、魚を捕る瞬間の面白さもさることながら、船長さんとバイク親父のあまりにも日本人離れした異質性であった。

なんか、本当にサモア人とかポリネシア人とかに会ったら、まさにこんな感じかな、と思わされたのである。しかしこれって彼らに失礼かな。彼らだって、もっと愛想があるかも知れない。

船長さんは、長女が思わず『コミュ障かしら。』と思ったくらい、愛想も何もなかったが、別にすごく不快だったというわけではありません

あまりの商売っ気の無さにいささか呆れたというだけで、まああんなもんかな・・と、最後は妙に合点したのでありました。

おしまい