あんたは見掛け倒しなのよっ!―そんな君から~♬・・女心はわからない―Ⅱ

ふと「さだまさし」の歌を思い出して、その歌詞から彼の描く恋愛模様を改めて考察してみた私。

そこでさらに、自分はどうだったかと振り返ってみた。(もう50年近く昔、学生時代の話ではありますが・・)

 

まだ若かった頃、現代的で欧米風というよりは、ちょっと頼りなげな日本風の女の子と付き合ったことがあった。

で、最初は良かった

さだまさしの歌詞のように、向こうもすごく好いてくれて、付き合いも順調と思われたのだが、途中からおかしくなった

こっちは好きという気持ちに一ミリも変わりはないのに、向こうが激しく変遷してしまったのである。

まさに「そんな君から~♬」の世界になってしまったのだ。

 

と、まあそういうわけで、こっちのテンションが変わらないにもかかわらず、手ひどく振られたという経験が私にはある。

こっちの気持ちは変わっていないのだからわけがわからない。

なんとも大ショックで、「え、どうして?どうして??」の世界である。

まだ若かった私は、そのときしばらく立ち直れなかった。

 

まさに、さだまさしの歌詞の中の出来事のようだった。

あんなに向こうから「好きよ。」と表明していたのに何故こんなことになるのだろう?と、当時、まだ恋愛経験の乏しい私には、ほとんど理解不能の世界であった。

 

ちょうどその頃出会ったさだまさしの歌に自分の状況(振られたという)をシンクロさせて、ガックリときていたわけだが、もちろんそうしていたからと言って何の解決にもなりはしない。

「同じようなことはあるんだなあ・・」

と感慨にふけっていただけのことである。

 

しかし、その後も何回かこれに近い経験をしている。

最初は結構こっちのことを好いてくれているのに、相手の方がドカンと冷めてしまうというやつである。

ということは、私の中に「あんたは見掛け倒しなのよっ!」という要素があるのだろうか?

ここはその後何十年も生きてきた今でも悩むところである。

 

とはいえ、考えてみればそうやって振られていなければ、こっちは冷めていないのだから、ひょっとしたらそのうちの誰かと結婚とかすることになっていたかも知れない。

さて、そうなっていたとすれば、はたしてうまくいっていただろうか。

 

冷静に考えれば、とっくに離婚なんて話になっていたかも知れないな、とも思う。

だから、今から考えれば、振られたのはきっと正解だったのだろうと思うべきなのだろう。(なんとも歯切れの悪い結論だけれど・・・)

 

お詫びイラスト

見掛け倒しですんません。

 

 

つづく