ビューと荒れた風の吹く、まるで西部劇映画に出てくるような侘しい風景の町―一輪車はクソの山に登る・・過酷な労働につぶされそうになった青春の日々―Ⅰ
あれは確か、私が大学3年生から4年生になる春先だったと思う。
ある事情があって、東京から逃亡したことがあった。
逃亡というより蒸発といった方が当たっているかも知れない。
とにかく「雲隠れせねば・・」ということで北海道に渡ったのである。
何の当てもなく、持って出たのは、少しの着替えと北海道の牧場では1年中いつでも住み込みで働けるという内容のご当地解説本だけだった。
現地についたら、この本に書いてある通りに町役場に連絡すれば、その日から部屋付き飯付きで働けるということだったのだ。
夜行列車、青函連絡船、再び夜行列車というちょっとつらい旅の果てについた目的地の町は、あまり人気のないビューと荒れた風の吹く、まるで西部劇映画に出てくるような侘しい駅前の風景だった。
さっそく駅内の公衆電話から役場に連絡をすると、担当者と思しき男性が軽トラックで迎えに来てくれた。
そのまま役場に向かい、これから働くことになる牧場主に紹介された。
ぶっきらぼうな感じの男で、その印象は最後まで変わらなかった。
彼の家に着くと「ここ使え。」と北向きの一部屋をあてがわれた。
荷物などほとんどなかったので、部屋の隅に鞄を放り投げて所在無げにしていると、さっそく、「これに着替えろ。」と作業着を渡された。
それを羽織ると、今度は長靴を履かされて、そのまま牛舎に連れていかれた。
暗い牛舎に入るなり、ずらりと並んだ牛たちが一斉にこっちに顔を向けた。
間近で見る牛たちの顔のでかさと、牛舎内のえさや糞尿などすべてが混ざった、むわっとした独特の臭いに圧倒されたことを覚えている。
そんな光景はこれまで見たこともなかったので、ギョッとしている私に牧場主はかまわず「こっちに来い。」という。
最初に渡されたのは竹ぼうきだった。
これで、牛がえさを食べるときさかんに首を振るために周りに散らかったそのえさである飼料をかき集めろ、ということである。
なんだかよくわからないが、コンクリートのたたきになった床をほうきできれいにする。
そうすると次は「牛の後ろ側に回ってこい。」と指示された。
牛たちの後ろ側には浅い溝が掘られており、そこには、前の夜牛たちがひり出したと思われる大量の糞が溜まっていた。
広がる大地
つづく