生のコミュニケーションは煩わしい?!?―代償は生産性3分の1・・・―Ⅴ

個人レベルで「GAFA断ち」を実験的に始めた筆者。

そのマイナスの影響の大きさを日々感じ始めたようである。

 

一方で、GAFA4社の膨張を懸念し、世界各国が規制に乗り出していることも見逃せない。

その点について、筆者は次のように書いている。

 

―生産性が経済成長の鍵を握るなら、GAFAを縛ったときに豊かな社会につながるかは分からない。

どう共存していくか。

プライバシーと利便性の両立だけにとどまらない課題を突きつける。―

 

GAFAは、人々にそれまで得られなかったような利便性を与えると同時に、そこから得られたデータを独占する。

その圧倒的に有利なポジションを盾に、他者を排除したりしないか、或いは自社本位に人々をコントロールしようとしないか、多くの国は懸念し始めているのだ。

 

とはいえ、この筆者のように個人的なレベルにおいて、ちょっと「GAFA断ち」しただけで、相当不便な生活を強いられることになるようだ。

次々とどんな事態が生じたか、筆者の辛い体験は続く。

 

―(電話をかけても)留守番電話に切り替わるのは何度目だろう。

いつも取材に応じてくれたIT(情報技術)ベンチャー経営者と連絡が取れなくなった。

メールやSNSには反応がよかったのに

見捨てられたようで傷つく。―

 

筆者がここで感じたように、電話はこれまで重要な伝達手段だった(今でもそうだが・・・)が、若い人たちの間では急速に敬遠され始めているような気がする。

現に私の子供たちも、電話をかけてもすぐ出ることは少ない。(3回に1回くらい)

あとでメールで「なにか用?」と返ってくる。

直接話した方が早いと思うのだが、延々とLINEでやりとりしていることもある。

 

デジタル世界が発達してきた一方で、生のコミュニケーションは煩わしいと感じ始めているのだろうか。

 

 

つづく