電卓と決算表

“ 歴史の影に帳簿あり ”

毎日記帳して、帳簿をつけるのは、税金を計算するために仕方なくやっていると思っておられませんか?実は、帳簿は財務状況を正しく把握し、経営に活かすために不可欠なものなのです。歴史をみてもそのことがうかがえます。

【 死刑を担保に帳簿作成を義務付けた中世のフランス 】

帳簿は、14世紀にイタリアの豪商メディチ家が始まりといわれています。何を売って儲けたか、あるいは損をしたかという商売の内容を記録したわけです。15世紀に入り、1494年にイタリアの幾何学者ルカ・パチオリが帳簿作成のしくみを解説した簿記書を出版します。これが、複式簿記の原点とされています。このパチオリの簿記書の冒頭には、以下の商売繁盛の条件が掲げられ、その3番目に正しい記帳をすべきことが説かれています。

(1)  十分な資金力を持つこと。 (2) 会計業務に携わる者は、誠実さ・廉潔性を持つとともに、熟達した技能を持つこと。 (3) すべての取引を秩序正しく適切に記帳処理すること。

時は変わって17世紀、ルイ14世時代のフランスは、大不況の真っ直中にあり、企業の倒産が頻発し、なかには、偽装倒産するような者の多くいました。そこで倒産を防止するため、1673年、世界で初めて、国家的規模で商人に記帳と決算書の作成を義務付けた「フランス商事王令」が制定されました。この法律は、「倒産時に会計帳簿を裁判所に提示できなかった者は死刑に処する」という厳しい罰則を定めていました。その結果、倒産が減少し、経済も立ち直ったのでした。このフランスの成功がきっかけとなり、複式簿記の制度化がヨーロッパに広がり、イギリスの産業革命の主役を務めた経営者たちも、帳簿をつけ、合理的な経営を行ったのでした。

【 秀吉の大盤振る舞いには帳簿の裏付けがあった 】

16世紀末、日本の戦国時代では、豊臣秀吉が天下統一を果たします。秀吉は、帳簿に基づく管理によって、自軍の財務状況を正しく把握していたといわれています。わが国では、近江商人が帳簿をつけて商売をしていたことが、彼らが残した帳簿から明らかになっていますが、秀吉は、1573年に城主として長浜(滋賀県長浜市)に入ると、近江から人材を集め、簿記によって金銭などを管理する仕組みを作らせたといいます。武力だけでなく、武器や兵糧の確保と輸送、兵士の給金など、自軍の状況を正しく把握し、必要な手を打って、はじめて戦に勝てるということを秀吉は知っていたようです。秀吉といえは、兵士の士気を高めるための大盤振る舞いが有名です。本能寺の変を知ると、備中(岡山)から電光石火のごとく京都に引き返した際にも、戦いを前に、姫路城で金銀を武将に、米を足軽に与えて士気を高めています。このような大盤振る舞いの裏には、秀吉の財務的センスがあったといえます。天下統一を目指す秀吉のもとでその頭角を現したのが石田三成です。三成は、武力よりも商才に優れていた武将で、堺政所(後の堺奉行)を勤めたことから、西洋から堺商人に伝わったとされる簿記についても精通していたようです。秀吉の九州征伐が比較的短期間で勝利に終わったのは、後方で三成が武器、兵糧などの調達や輸送を管理していたことが大きかったといいます。

【 帳簿をもとに藩を立て直した島津 】

秀吉の九州征伐後、それまで九州のほぼ全士を支配していた島津氏は、薩摩・大隅・日向の三国にまで領地を減らされます。領地が減ったことで収入が減り、藩を運営できないと嘆く島津氏に、三成は「薩摩にしかない農作物や産品を大阪などの他地域へ売って収入を得なさい。これからは領地の拡大によって収入を得るのではなく、商業で収入を増やす時代です」といい、そのための基礎として簿記を教え、藩の財政や収支の状況を正しく把握させたといわれています。その結果、領地縮小で収入は減っても、金銀や米などの蓄えを使えば、島津藩の財政はしばらくは持ち堪えることがわかると、その間に、経費削減や、薩摩の産物の育成、琉球、中国との貿易などの仕組みづくりにとりかかりました。その結果、島津藩は、少ない領地でも藩運営ができるようになったのです。その後、島津は琉球や中国と貿易を行い、そこで得た莫大な資金が後に倒幕、明治維新を起こす力となったのです。まさに歴史の影に帳簿ありです。

【 正しい記帳と決算は会社を守るため 】

歴史を見ると、中世のヨーロッパでは、税務申告のためではなく、商売のために帳簿を重要視していたということがわかります。また、秀吉の取り組みを企業経営に置き換えると、厳しい市場環境のなかで、企業が生き残るためには、自社の商品(製品)・サービスが良いだけではだめで、資金、棚卸資産等の調達管理と人材の確保、給与や経費の支払いなど、経営の意思決定を行うためには、自社の状況を正しく帳簿づけすることが欠かせないといえるでしょう。島津藩の場合は、収支と資金の不足に備えて、預金と資産の状況の把握と経費削減を行い、さらに、収益アップのため、新商品の開発や新たな取引先の開拓などを進めたといえます。昔も今も、厳しい世の中を生き抜くためには、自ら正しい帳簿を作成し、資金繰り、最新の業績や自社の現状を把握することが不可欠なのです。