文豪を気取ってみたい、憧れのスタイルー万年筆との共存生活(その2)―(後編)
 

さすがの老舗「伊東屋」

せっかく、数十年ぶりに引き出しの奥から発見した2本の万年筆。残念なことにいずれも不具合が見られる状態だった。

そこで私は、この2本を、銀座の「伊東屋」に持って行ってみよう、と思いついた。あの老舗の文房具屋さんであれば何とかしてくれるのではないか、と期待したのだ。そうして、上京した際、この2本を銀座伊東屋に持参した。

伊東屋では、担当の女性がどちらも点検したうえで、直してもらうことになった。ただ、シェーファーの黒ずんだボディだけは、自分で磨いてみるしかないだろうな、と思っていた。すると、その女性が「このボディもきれいにいたしましょう。」と言ってくれたのである。そこは想定外だったがうれしい提案である。「お願いします。」と預けた。

2週間くらい経って、伊東屋から連絡があったので、次に上京したとき、取りに行った。プラチナのキャップの不具合はすぐに直ったようだ。しっかりとハマるようになっていた。

一方、シェーファーの吸引ポンプの方は、もうメーカーにも部品がないので直せないとの返事だった。

「どうしたらいいでしょう?」と尋ねると「ボトルのインクをつけペンみたいに使われたらどうでしょうか。ペン先にインクを浸けただけでも結構な文字数かけますよ。」

とのことだった。仕方がないのでシェーファーの方はつけペンで対応することにする。

そこは残念だったのだが、ボディの方は見事に輝きを取り戻していた。あんな風に黒ずんでしまったものをきれいにするのは、どうやら普通にできる作業のようで、しかも手間代はかからなかったのである。無料で昔みたいに美しい姿を取り戻していたのだった。

 

修理の達人はいないか

さて、このシェーファーについては後日談がある。しばらくつけペン使用で使っていたのだが、なんだかこのままではどうしても不満が残る。

そうしていたある日ふと思いついた。

「待てよ。メーカーでも直せないと言うけれど、技術大国日本のことだ。ひょっとしたら、こういう部品が切れたとか、技術者がいませんとかいったいろんなものを直してくれる職人さん、名人みたいな人がいるんじゃないか。」

と、思ったのだ。

以前、どんな古い時計でも直してくれる国宝級みたいな腕前の老人がいることをテレビの特番でやっていたのを思い出した。その国宝級老人は、どこだか地方在住の人だった。

「きっとこの日本には、その万年筆版の名人みたいな人もいるはずだ。」と推量し、ネットで調べてみたら、一人東京にいることがわかった。東京だったら、直接持って行って直してもらえそうである。

 

万年筆版名人との出会い

そこで先方にネット上で連絡し、訪問する日時を決めて件の万年筆を持参した。下町の一軒家で看板らしい看板もないので、思わず通り過ぎそうになったがとにかく探し当てることができた。ごちゃごちゃとした狭い部屋を工房にして、その年配の男性は黙々と仕事をしていた。

持参した製品を示すと、しばらく眺めていたが、「うーん、確かこれに合う部品が一個だけ残っていたはずだが。」と、何か細かい部品みたいなものが入った箱をごそごそと探し始めた。『大丈夫なのかなあ・・・』と少し心配になる。男性は「よしよし、これで合うはずだ。」と一つの小さな部品を手に取ってなにやら作業を始めた。

「自分みたいな仕事をする人間はだんだん少なくなって、こうして修理を頼む人も減ってきたからこの仕事も自分で終わりかな。」みたいなことを言っていた。まあ世の中の事情からしてその通りだろうな、と思った。

修理はその場で終わり、料金を払って店を出た。手間はかかったが、そこまでしたお陰で、そのシェーファーは無事インクを吸引することができるようになり、現在、万年筆ローテーションの一翼を担っている。

見事、吸引式が復活しました。

 

万年筆にはドラマの予感が

長い間、忘れられていたにもかかわらず、引き出しの奥から再び日の目を見たたった2本の万年筆について書いただけで、もうこれだけの文字数になってしまった。万年筆には他の筆記具にない、何かしら奥の深い物語みたいなものを内包していそうな気配がある。

こうして、ずっと使っているうちに、ひょっとしたら面白い出会いやストーリーなど生まれるかも知れないな、と思った。現に修理を頼んだだけで、普段会うことのない面白い職人さんとの出会いもあった。

さて「万年筆で文豪を気取りたいと思いまして」という動機で書き始めたこのブログだが、「その2」も結構長くなってしまった。やはり、万年筆には何かしらドラマが生まれそうな予感がする。

で、実はその予感は当たったのである。

そのエピソードは、いずれ「その3」でご紹介しようと思う。

プラチナに細かく刻まれた横のストライプ。これですごく持ちやすくなっています。