夢の2拠点生活?―ウロつく人生もまた面白かったりして―(前編)

「夢のマイホーム」は過去の遺物か

昔、「夢のマイホーム」という言葉が流行った。この言葉、今でも生きているのだろうか? おそらくこの言葉は、自分で自分の(家族を含む)家を建てるというのは、特に男にとって一生のうちの大事業である、ということを表していたのだと思う。しかもそれは、普通生涯一回だけの大きな事業であろう。

ところが近年、冒頭の「夢のマイホーム」とか「家を持つのは男の甲斐性」みたいな言葉があまり使われなくなったような気がする。もちろん、そんな価値観が全く解消されたわけではないだろうが、以前に比べてかなり薄まってきたことは事実だろう。

変わって出てきた価値観として「2拠点生活」とか「ノマド的働き方」みたいなこれまで聞かなかったタイプのコンセプトが登場している。

一生を一ヶ所の地域、或いは一つの職業、ワンパターンのライフスタイルで終えるというのはダサいんじゃないか、といった考え方、価値観が台頭してきたのだろうか。

人間、一つの場所に住み続けるべきか、或いは移動するのが普通なのか、というのは、その人の生まれた環境、置かれた状況などによって異なることだろう。そんな中、私の同級生には、下記のようなパターンが多かった。

 

田舎に帰ってくることはなかった

私が中学受験で進んだのは、割と難関と言われていた田舎の中高一貫男子校だった。そのため、多くの同級生は卒業と同時に大学に進み、そのまま都会で大きな企業とか官庁とかに就職した。

現役時代、転勤や海外赴任などあったと思うが、やがてそのまま都会に定住したのである。教員や公務員の子弟も多かったため、後を継ぐ必要もなく、彼らはその後田舎に帰ってくることはなかった。

つまり、私の同級生の多くは、故郷を離れ、どちらかと言えば都会寄りの場所に終の棲家を定めたことになる。ただ、故郷を離れたというだけで、ある時点でどこかに拠点を決めてそこに住み続ける、というスタイルだけは変わりない。

その多くは、おそらく通勤圏内のマンション購入といったところだっただろうか。それが彼らにとって「夢のマイホーム」だったかどうかは、私にはわからない。けれど、住宅ローンを払い続け、数十年かけて手に入れた自分の家ということだけは間違いないだろう。

こういう書き方をすると、なんだそれだけのことかよ、と味気ない気もする。ただ、こういったプロセスとその着地点も田舎の秀才ゆえ手に入れることができた、いわば一種のエリートコースだったことは間違いない。

私の同級生の場合、田舎の親の事業を継がねばならず、故郷に帰ってきてそのまま住み続けたという奴はあまりいなかった。ただ、開業医は多かったから、二代目にしても新規開院にしても、医者になった多くの同級生は、そいつの田舎に住み続けたことになる。

こうして都会型だろうが、田舎型だろうが、学校卒業後は職業的制約の中でどこかに終の棲家を決めて、おそらくそこで一生を終えるということを覚悟して暮らしているのだろう。

 

崩れ去ったエリートコースの夢

とまあ、ここまで、同級生を対象に他人(ひと)の人生について私の思うところを書いてきた。ここで当然「じゃあ、お前はどうなんだ?」ということになるだろう。

私もその進学校に合格したときは、おぼろげながら先に書いたような道筋を想定していた。いい大学に進んで大きな企業に進むか難しい資格とか取って、それなりの収入やポジションを得ながら田舎ではなく都会で暮らす、みたいなステレオタイプのライフスタイルを考えていたような気がする。

しかしながら、上記の同級生たちのようには、私はならなかった。というより、なれなかったと言った方が正確だろう。

全くの成績不良で、せっかく入った進学校をドロップアウトしてしまったからだ。おぼろげながら想定していた上記エリートコースみたいなものは、私の中から完全に崩れ去ってしまったのである。

 

田舎に建てたマイホーム

その後、あれこれ遠回りしたり、迷い道を繰り返しながらも天職みたいなものに巡り合うことができて、若干なりとも人生の軌道修正ができたのは30歳を過ぎてからだった。とはいえ、ようやく掴んだと思ったその天職みたいなものも、バブル崩壊でまたもや崩れ去ってしまった。

そこで仕切り直しに選んだというか、選ばざるを得なかったのが、田舎に帰って親の税理士稼業を継ぐ、という道筋だったのである。これは、それまでの私にとって想定外の選択だった。

先に、同級生で田舎に戻った奴は少なかった、と書いたが、その数少ないリターン組に私は入ったのである。「結局、田舎で親の税理士稼業を継ぐのか・・」という思いは、すこし複雑だった。

小さい頃から親の背中を見ていて、『人並み以上に稼げそうには見えるけれど、俺にはまったく向いていない仕事だな。』との思いは強かったので、資格は取ったものの実際実務に当たることは想定していなかったのである。そうは言っても、家族を養っていく必要もあり、田舎では借家というわけにもいかず、それこそマイホームを建ててしまった。

夢のマイホーム?ってわけでもありません。

つづく