男子厨房で皿洗いⅡ(おしまい)
いつだったか、台所の洗い物が溜まっていることに業を煮やした父が自分で洗おうとしたことがあった。
それを見た私や弟は、あわててその洗い物を引き取ったことを覚えている。
父が洗い物をする姿が、いかにも似合わないような気がしたからである。
しかし今考えてみれば、父にあのように遇してきたのはよかったのかな、という疑念が残る。
私や弟がもの心ついた頃はもうそんな時代ではなかったが、父が幼い頃から「男子厨房に立たず」的な雰囲気の中で育ち大人になったのだろうということは想像に難くない。
しかし時代は変わった。
男子も厨房くらい立てなければ、逆に不幸になってしまう時代である。
年をとってきたり病気になったりしたときに、「身の周りのことが自分でできる」という状態がいかに幸福なことか、と自覚する。
ちょっとしたことも人の手を煩わせるというのは、お互い不幸であろう。
そういう意味では、私も身の周りのいろいろなことをこまめにこなしているとはまだ言い難い。
人間、晩年になったときの幸福感というのは、壮健なときとはまた違うのだ。
「皿洗い」にもっとプラスしていかなければなあ。
おしまい