一つだけ印象的に覚えていること―経営者が後継者に伝えるべきストーリーとは・・―Ⅱ

東京で立ち上げた会社が、マーケティングを専門にしていたこともあって、常に先を先を読む癖のついていた私には、父の事務所運営はかなり古いものに映っていました。

結局、父がだんだんと第一線から退き、私の方針で事務所を運営するようになって、その「先読み」がほとんどその通りになったことが確認できたのです。

 

まあ私の読み通りになったわけですので、事務所経営はそれでよかったと思えるのですが、今考えればもう少し父とのコミュニケーションが良好だったならば、と振り返らずにはいられません。

お互い、何故もっと話をしなかったのだろうと・・・

 

ただ、父と話をした中でつだけ印象的に覚えていることがあります。

それは、父がもうかなり晩年になって、一緒にお酒を飲んだ時のことです。

 

その夜は、母が何かの都合で留守にしていたので、私と家内が同席して3人で外食をしたのでした。

お酒が少し進んだとき、普段あまりしゃべらない父が自分から話し始めました。

 

―自分が税務署に勤め始めていくらも経たないまだ若手だった頃、南九州4県からそれぞれ代表を選抜して、福岡で集中研修を受けたことがあった。

それに選抜されたのは各県から2人くらいずつで、自分は鹿児島県の2人のうちの1人に選ばれた

これは若手の中でも優秀な人間しか選んでもらえない資格だったので、あのときは結構誇らしかった。―

というような話を、ぽつぽつと嚙みしめるように話したのです。

父が自分のことをこんな風に話すのはとても珍しかったので、そのときは私も家内も黙って父の話を最後まで聞いていたのです。

 

 

つづく