親の愛というものⅢ
「コントロール」という言葉が物語るように、これは母親のエゴである。
親は子に対して愛情は注いでも、「コントロール」下に置くべきものではないことは明らかである。
娘にとって不幸なのは、母親が自分をコントロールしようとしていたことに気付くのは、大人になってからがほとんど、という点なのだ。
つまり、あまり判断力のない子供のうちに散々父親の悪口など言われても、それをどう消化していいかわからないはずである。
そこで戸惑うばかりの娘側の不幸を思うと気の毒としか言いようがない。
それでも冒頭に書いたように日本では、親の愛というもの中でも母親の愛は「無償の深い愛」的な表現がされてきた。
「無償の愛」なのだからエゴイスティックな感情など入り込むはずがない、という価値観である。
しかし、人間は自らが元々持っている価値観からはそう簡単に離れられるわけではない、といった研究も進んできている。
「無償の愛」的な画一的な価値観からは、冷静に距離を置いて考えるべき時期に来ているのかも知れない。
そういった美辞麗句的捉え方が、本質的な問題把握の機会を遠ざけてきたかも知れないのである。
つづく