酒場で「男」を魅せるには修業が必要なのである―バーカウンターにおける「意識高い系」は「粋」に通じるか?!?―Ⅱ(おしまい)

さて、近年よく「意識高い系・・」という言葉を聞くようになった、と書いた。

それって、前回紹介したような若者たちを指すのだろうか? 

 

彼らの特徴として、どうも自己肯定感というか自己アピール力が強すぎる気がする。

私としては、「謙虚」というのは人間の大事な資質の一つだとは思うのだけれど、ここではあえてそれは言うまい。

 

まあ、それにしても「意識高い系・・」とはよく言ったもので、彼らの発言を聞いていると確かにそんな気がする。

それも一人や二人なら、たまたま出会った

『こいつ、変な奴かも知れないな・・・』

で済むのだろうが、結構頻繁に目にするようになると、

「今はこれが普通なのか!!」

と驚かざるを得ない。

 

そんな彼らの自己評価を聞いても、私は、彼らに対してその場ではもちろん反論などしなかった。

かといって、そういう子たちと話が弾むという流れにもならなかったので、

「へぇー、そうなんだ。たいしたもんだね。」

くらいで、やり過ごした。

 

ただ、である。

ただ、私が思うのは

「それってどうなんだろう?」

ということである。

本当に仕事ができる奴が、なんの関係もない酒を飲む場で

「俺って仕事ができ過ぎるんですよね。」

などと言うだろうか? 

 

まあ、確認のしようもないし確認しようとも思わないけれど、どちらかといえば

「ほんとかなあ?!?」

という気分にならざるを得ない。

もちろん本当かも知れないから、頭から全面否定するつもりもないが。

 

私が思うのは、

『酒場でたまたま隣り合わせになった我々は、今この時点で、どれだけ自身の発する話題が興味深く面白いか、どれだけキャラが魅力的かといった生身の自分で勝負するしかない。その究極の時間的空間的制限の中において、確認のしようのない自慢話(しかもときには過去の)っていうのは粋ではないし、実につまらない。』

ということなのである。

 

キャバクラ辺りで

「キャー、仕事ができる人ってステキ!!」

とほめ殺されて悦に入っていられるようなユルい場ではないのだ。

シビアなようだが、それがバーカウンターにおける変えようのない掟(おきて)である。

これはキャバクラではなく、マイホームクラブ(つまり、娘たち。向かって左が次女、右が長女でございます。)ですが。

 

「意識高い系」の若者が、どういう時代背景から出現したのかわからない。

まさに彼らの「意識」そのものが、どうにも私には理解できないのである。

かといって、目くじら立てて苦言を呈する気も別にない。

 

ただ、酒の席での振る舞いについては、もう少し違う緊張感を持った方がいいんじゃないか、と思う。

仕事の話、しかも自慢話をまるで職場の延長戦のように、酒場に持ち込むのは粋ではないのだ。

 

尤もこれは、私の行きつけのバーカウンターに限ったことかも知れない。

彼らに出会ったのがそんなバーだったので、あえて、こんな提言をする次第である。

まあ、彼らもそんな「人生の勉強机」みたいなバーカウンターにやって来る人種なのだから、そのうち私の言いたいことも理解するだろうけれど。

 

繰り返しになるが、自慢話系というのは例えそれが本当であっても、粋でないしつまらないのだ。

酒場で「男」を魅せるのは容易なことではない。

修業が必要なのである。

 

私がその実態についてよく知らない「意識高い系」の若者たちが、そこのところを脱却して、「粋の境地高い系」の飲み手になってくれれば、と思う。

まあ、おじさんの余計なお世話かも知れないが。

 

緊張のバーカウンター

 

おしまい