コート、コート、コート・・・・コートについて思い出すこと23

「ぴったりですね。」

Oさんの素敵な声が、まるで魔女の囁きのように私の耳に入ってくる。

 

そうなのだ!

残り物だったはずの件のコートは、まるで誂えたようにピッタリと私の身体に寄り添った。

「な、なんかぴったりすぎるなあ・・もう一つ上のサイズの方がいいのかなあ・・・」

この期に及んでさらに抵抗しようとする私。

「この上のサイズですと、お袖とかが余ってしまって、見た目、少しオーバー気味になりますよ。」

魔女は、さらに決定的な裁定を私に下す。

 

そうなのだ。

このコートがまるで私が迎えに来るのを待っていたように、1枚売れ残っていたのは、まさに神の配剤だったのである。

こうなったらもう運命に抗うことはできない

 

立ち寄るはずではなかったコート売り場に立ち寄ってしまった私は、もうほとんど頭の中がぐちゃぐちゃになりそうなほど、様々な逡巡を繰り返しながら、ようやく少し冷静さを取り戻し、Oさんに聞いてみた。

「これもセールになっているんですか?」・・・

もとが結構高いので、セールになっていればその値引きの金額は馬鹿にならない。

 

「はい、確かなっております。ちょっとお待ちください。」

と、彼女はその美しい指でカチャカチャと電卓をはじく。

そうして私の目の前に示された数字は、ちゃんとセールにはなってはいたが、まあそこそこの金額であった。

 

『う~~ん、そうなんだ・・』

なかなか魅力的な数字ではあるものの、どぉーんと割引というほどではない。

まあ、元がいいものだけに、そんなに安くできないのは仕方がないのかも知れない。

 

「わ、わかりました。もうちょっと検討させてください。」

と、散々、考えるのに頭が疲れてしまった私は、一旦、アクアスキュータムの売り場を離れた。

予定外の行動から、当初の目的通りのコースに戻る。

 

再び、エスカレーターに乗りよろよろと8階まで登った私は「サロンドシマジ」の扉を開ける。

その狭い空間に潜り込むように入っていくと、男たちの喧騒の中、シングルモルトのやや甘い香りが漂い、シガーとパイプの煙がもうもうと立ち込めていた。

 

     男たちの聖域、「サロンドシマジ」のカウンター。島地親分とスタッフさん。

 

 

つづく